社会や自分自身を見直すきっかけに 『キャンディマン』に込められた真のメッセージ

 さて、人種差別問題と「キャンディマン」は、結局どのように繋がるというのか。それを解き明かすヒントは、劇中でアンソニーが耳にすることになる、“都市伝説は「集団的無意識」によって生まれている”という、考え方の中に隠されている。

 ここで、マイケル・ムーア監督がアメリカの銃社会を題材としたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)を思い出してほしい。ムーア監督は作中、「アメリカではなぜいつまでも銃が一般に流通し続けているのか」という疑問について、その一因をアフリカ系への人種差別と関連づけている。

 奴隷制度の時代はもちろん、その後も人種隔離政策を行うなど、長年の間、アメリカは国家的に有色人種、とりわけアフリカ系への差別を行ってきた。差別的な白人の市民たちが集団リンチによってアフリカ系住民を殺害し、木に吊るした例は多く、死体をバックにした白人たちの記念写真が、そんな異常な状況を現代に伝えている。

 マイケル・ムーア監督が指摘するのは、アフリカ系の人々を蹂躙してきた市民たちに、迫害の加害者としての意識があることで、「いつか復讐されるのではないか」という恐怖を抱いているために、銃が手放せないという考えに至っているという点である。差別意識が強い者ほど、この潜在的な恐怖はより大きいのではないだろうか。この考えでいくと、本作におけるアフリカ系の超自然的な殺戮者である「キャンディマン」の都市伝説は、差別と罪の歴史を抱える都市と、そこでの生活者たちが無意識的に背負っている“恐怖”と“罪悪”の姿だといえよう。

 この、どこからともなく発生する噂や都市伝説が、都市の歴史や集団的無意識に関係しているという構図は、日本人にも身に覚えがあるのではないだろうか。それは、特定の民族が「井戸に毒を入れた」「窃盗をしている」などという根拠のないデマが、災害時に現地で広まることがあるという事実である。現在では、SNSやチェーンメールなども、デマの媒介に一役買ってしまっている場合もある。

 筆者自身も、東北で東日本大地震の被災者となったとき、地震の被害によってインターネットやメディアなどの情報が制限されたなかで、「外国人が掠奪、窃盗をしている」という様々な噂を現地で耳にしたが、後にそれらが事実であるという根拠は一つも確認することができなかった。これは非常に不気味な現象だ。大正時代の関東大震災時には、このようなデマが、数百から数千人といわれる特定の民族への大虐殺事件に発展しているので、冗談では済まされない。もちろん、この件自体は『キャンディマン』とは状況も背景も全く異なったものだが、ある種の都市伝説や噂が、一部の市民の意識や偏見、考え方の反映であることは確かなことなのではないだろうか。

 本作では、アフリカ系の復讐者である「キャンディマン」の都市伝説の裏に、リンチ事件などの数々の悲劇があったことが、影絵アニメーションによって示される。それがただの悲しい物語にとどまらないのは、リンチで殺されたアフリカ系の人々が、実際に数多く存在したからだ。そして民族への加害の歴史は、有色人種に対するアメリカの警察の尋問数や射殺事件が、白人に対してよりも際立って多いという現状が示す通り、かたちを変えながらいまも継続しているといえよう。

 時代によって徐々に差別者の行為は問題となることが多くなり、20年代、50年代、90年代、そして現在と、大きな流れで眺めると、人種差別問題は改善の傾向を見せているといえるかもしれない。だが、人種差別を背景にした事件が起きる度に、そして、被害者が直接的な差別を受けたときに、アフリカ系の人々は、自分たちの民族における過去の悲劇を思い出さずにはおれなくなる。この流れは、「キャンディマン」が復活したように、歴史のなかで繰り返し繰り返し起こっていることなのである。

 その意味で、復讐者としての「キャンディマン」の物語は、ときによって、ある種の悲しい“ダークヒーロー”として解釈される場合がある。少なくとも劇中における、アフリカの住民の多い「カブリーニ=グリーン」の一部では、そうなのだろう。逆に、差別的で無神経な一部の白人たちにとっての「キャンディマン」は、単なるモンスターであり、無意識的な恐怖の対象でしかないだろう。一方、われわれ観客は、この物語をただの「都市伝説」や「映画」として以上の捉え方ができるはずだし、本作を社会や自分自身を見直すきっかけにすることもできるはずである。

 現在のアメリカの複雑な構図、現在地を、都市伝説という要素によって、新たに表現し直したジョーダン・ピールの優れた社会観、そして都市の風景を適切に切り取った、ニア・ダコスタ監督の洗練された演出は、ともに称賛に値する。このような多面的な表現を可能にする新しい才能のアプローチが、現在の恐怖映画の先端にあるという事実は、ついに本作によって決定づけられたと言っていいのではないだろうか。

■公開情報
『キャンディマン』
全国公開中
監督:ニア・ダコスタ
製作・脚本:ジョーダン・ピール
出演:ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、テヨナ・パリス、ヴァネッサ・ウィリアムほか
配給:東宝東和
(c)2021 Universal Pictures
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/candyman
公式Twitter:@uni_horror
公式Instagram:@universal_eiga
公式Facebook:@universal.eiga

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