吉開菜央×石川直樹の偶然を広げる映画作り リアルとファンタジーの融合『Shari』

 日本最北の世界自然遺産、知床。流氷が流れ着く町、斜里を舞台に不思議な映画が生まれた。斜里を訪れた撮影隊が出会うのは、羊飼いのパン屋、鹿猟をする夫婦、秘宝館の主人など個性豊かな人々。そこに謎めいた「赤いやつ」が現れて町をさまよいはじめる。ドキュメンタリーとフィクションを織り交ぜながら映画『Shari』を監督したのは、ダンサー/映画作家として注目を集める吉開菜央。撮影を手掛けたのは写真家の石川直樹。それぞれ独自の世界を持つ二人は、どのようにして映画を作りあげていったのか。『Shari』とはどういう物語なのか。二人に話を訊いた。(村尾泰郎)

「出会った人たちが熱を感じさせた」

ーーなぜ、斜里で映画を撮ることになったのでしょう。

石川直樹(以下、石川):僕が現地で「写真ゼロ番地知床」っていう写真が好きな人たちの集まりを立ち上げて、1年に1回、斜里に写真家を招いてぼくと二人展をやっているんですけど、そこに吉開さんをお声がけしたんです。吉開さんは面白い映像作品をいっぱい作っているし、近年、写真と動画は親和性が高くなってきていて、何か面白い化学反応が生まれるんじゃないか、と。最初、吉開さんは短編映画を撮る予定だったんですよ、5分か10分くらいの。

吉開菜央(以下、吉開):斜里のことを何も知らずに行ったんです。北海道行ける! 嬉しいな、くらいの感じで(笑)。それで石川さんにいろんなところに連れて行ってもらっているうちに、斜里の底知れない面白さにぐいぐい惹き込まれていきました。

石川:斜里や知床のことを知らないと何もできないので。まず最初に吉開さんに色々と体験をしてもらおうと思ったんです。それで現地の人に協力してもらい、吉開さんを色々なところに案内してもらった。吉開さんは漁船に乗ったり、斜里岳って山に登ったりしたみたい。リサーチを終えて、アイデアも膨らんで、冬に撮影しようとなりましたが、そのときはまだ15分くらいの短編を撮る予定でした。吉開さん一人だと手が足りないし、予算もほとんどないプロジェクトだったので、だったら自分が撮影を担当しますよってことになったんです。

石川直樹

ーー土地からいろんな刺激を受けてイメージが広がっていったんですね。

吉開:はい。風景も素晴らしかったんですけど、それ以上に、そこに住んでいる人たちが面白くて。石川さんに紹介して頂いた方、例えば、最初に紹介してもらったメーメーベーカリーというパン屋さんをやられている小和田さんとは、軽トラに(パンを焼く)かまどがあって、夢のようなお家に住まわれている。出会った人たちみんなキャラが濃くて、熱を感じさせたんです。

ーー確かに映画に出てくる住民はユニークな方ばかりですね。木彫りの置物を集めている三浦さんとか。

石川:小和田さんは昔からの友達だったんですけど、三浦さんは人づてに「面白い人がいるよ」って聞いて訪ねて行ったんです。人に会いに行く時は、事前に相手と打ち合わせはせず、行ってすぐに撮影をしました。おもに吉開さんがインタビューをするんですけど、僕も質問をしたりしながらじっくりと話を訊く。みんなで話をしている様子を撮っていきました。

赤いやつ=異界と現実の境界にいるもの

ーー映画ではそういうドキュメンタリー的な要素に、吉開さんが演じる「赤いやつ」という謎のクリーチャーが現れて現実と虚構が交差していきます。映画を思いついた最初の段階から「赤いやつ」はいたんですか?

吉開:いました。最初に思いついたイメージというのが、小和田さんがパンを森に供えに行って、それを赤いやつがとりにやってきて、パンを食べたら中に鈴が入っている。という抽象的なものだったんです。

ーー吉開さんのなかで、赤いやつはどういう存在だったのでしょう。

吉開:最初は斜里の精霊みたいな感じでした、でも、それだと浅いな、と思っていて。石川さんの写真集『まれびと』を見て、「まれびと」という存在を知って少しずつ肉付けしていきました。異界と現実の境界にいるもの。外の土地からやって来るもの。私自身、外の世界から斜里にやって来て映画を撮るわけだし、映画を撮るということは、その土地を荒らすことでもあると思うんですよね。

吉開菜央

ーーなるほど。吉開さんの分身でもあるわけですね。

吉開:あと、斜里に撮影しに行った時が、40年に一度くらいの雪が降らない年だったんです。予想外のことだったけど、それを受け入れて撮らなくてはいけない。雪が少ないのは、私は赤いやつなんて思いついたからかもしれない。じゃあ、この赤いやつは40年に一度、目覚める熱神様にしようと思ったりもして。撮影が進むに連れていろんな不測の事態が起こって、それが赤いやつのイメージをより膨らませていきました

ーー赤という色が、「火」とか「血」とか様々なイメージを呼び起こしますね。

吉開:斜里で鹿肉を食べて眠れなくなったことがあって、その日の夜に、このストーリーを思いついたんです。なので、血肉の赤さとか、身体の熱とか、そういうイメージも入っていると思いますね。

ーー赤いやつのユニークな衣装はどんな風に作り上げたんですか?

吉開:小和田さんの趣味が編み物なので一緒に作りたいなと思って、それで相談してみたんです。いろんな肉の写真を見てもらって、こんな感じのものを作りたい、と話をしました。最終的にPinterestで極太の羊毛を編んでいる人の動画を見つけて、これで行こうと決めました。それで斜里でワークショップを開いて、集まってくれた人たちと編んでいったんです。参加してくれた人が「ここを血管っぽくしたらいいんじゃない?」とか、いろいろアイデアを出してくれて楽しかったです。

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