『007』で感じたハリウッドの新しい風 ラシャーナ・リンチが目指す、より良い映画界 

 女性として、黒人として、“新たな007エージェント”としてーー。ジャマイカにルーツを持つ女優、ラシャーナ・リンチは『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のノーミ役で、世界中に強い存在感を放った。

 MI6を引退したジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)の前に現れたのは、彼のかつての称号「007」を引き継いだ若手エージェント。高いスキルをもち、挑戦的な態度の彼女を好演したリンチにとって、本作への出演はキャリアの中で大きな一歩だった。女性版ボンド、黒人版ボンドについての反対意見や論争がネットに飛び交う日々が続く中、黒人女性の007エージェントを演じた彼女は何を想うのか。

「ファンにどう観てほしいか伝えるより、ファンがどう観たか伝えてほしい」

ロンドンプレミアでのラシャーナ・リンチ(Getty Images for EON Productions, Metro-Goldwyn-Mayer Studios, and Universal Pictures)

――まずは、念願の公開おめでとうございます。

ラシャーナ・リンチ(以下、リンチ):はい! とてもワクワクしています。私たちはずっと待ちわびていましたから。なにより、この作品を世界に向けて、ふさわしい形で届けることができることを特別に思います。劇場にいる観客とともに受ける映画体験はボンド映画にとっても、そして我々にとっても必要でした。公開まで永遠に感じられるような、長い時を待っていたように思えます。そして今、ようやく皆で最新作のエナジーを感じることができるので、とても嬉しいです。

――そうですね、しかし長い時間を待った甲斐のある作品でした。同じく待ち焦がれていたファンに、本作をどのように楽しんでほしいですか?

リンチ:私はファンにどういうふうに作品を観てほしいか伝えることよりも、ファンが、私にどのように観たのか伝えてくれることに興味があります。彼らにとっては待望の作品ですからね。たくさんの見どころや感じることがある魅力的な映画なので、私個人が一つの方向性にファンの目線を向けさせるのはもったいないと思って。これまでの作品との繋がりや新しさも含め、本当に映画ファンにとっての“饗宴”のような一作です。従来のファンも、新しいシリーズのファンも、本作が初めて観る『007』映画だという人にとっても楽しめる。なぜなら、そこに『007』映画らしさを残しつつも、新しいボンドの描き方をしているからだと思います。新鮮で異なるものを生み出した製作陣は本当に良い仕事をしました。本作には、観客がショックを受けたり、息を飲んだり、泣いてしまうような場面があります。だから私が観る人がどう感じるような作品か説明したとしても、人それぞれに様々な感情を抱くことになるはず。反応がものすごく楽しみです。

――確かに、その通りですね。今回、このような大規模で長く愛されてきたシリーズに参加されて、どうでしたか?

リンチ:またとない機会で、とても光栄に思ったしワクワクしました。そして作品を前進させる役を引き受けるうえで、黒人女性を、若い世代を代表し、私の生まれ育ったロンドンを必ずしも見たことのない方法で表現することへの責任を感じました。何よりキャリー・フクナガとフィービー・ウォーラー=ブリッジと一緒に、シリーズにとって特別なものを作れたのが嬉しかったですね。こういった経験は役者としてありがたいことですし、私自身そこに飛び込むような気持ちが出来上がっていたこと、目の前のチャンスをすぐ手に入れるような準備ができていた自分自身に嬉しく思いました。

――ちなみに、一番好きな『007』を挙げるとしたら?

リンチ:お気に入りの作品はいくつかありますが、最終的にやっぱり一番好きなのは『007/カジノ・ロワイヤル』のオープニングシーンです。あの作品によって、私の中で全てが変わったから。観た当時は確か10代後半で、ちょうど演劇学校に入ったばかりの頃だった気がします。そして友達と一緒に映画館に観にいって、このアクション映画が自分の想像以上のものだったことに驚かされたんです。ほら、アクション映画って“お約束”の習慣があるじゃない? スタントとか爆発とか、ただスケールの大きい出来事が起きていることに見慣れているから、ついそれを撮るための撮影がどれだけ複雑かという事実を忘れてしまいがちなんです。だからあのオープニングシーンは凄かったし、『007 ドクター・ノオ』も好きだし、初期の作品はそこまでファンじゃないけど出演していたグレイス・ジョーンズは大好きだし。それに、ナオミ・ハリスが本作に参加したときは、なんて素晴らしいんだと感動した。それぞれの作品に思い入れはありますが、一番のお気に入りはやっぱり『カジノ・ロワイヤル』ですね。

――黒人女性として、今回“新007”の称号を背負ったエージェントを演じた気分は?

リンチ:これまでの道を築いた方々の仕事を続けさせてもらえることができて光栄であり、恩恵を感じました。そこには今まで黒人女優、俳優によって築かれた基盤があり、彼らの存在なしでは私たちは今日のように業界にすら残れなかったし、オーディションすら受けられず、そして他の映画製作者たちにもノーミのようなキャラクターを作りたいと思わせる影響力を与えることはなかったでしょう。しっかり考えられた上でノーミというキャラクターを描き、編集し、ファイナルカットまで作られることは私にとって本当に大きな問題でした。若い世代の黒人女性がスクリーンに映ることで、同じ若い黒人女性が共感をし、同じように若い黒人男性にとっても、どんなエージェンシーが黒人女性を尊重しているのか正確に知る機会になる。黒人女性の地位はどのようにして上げられるべきなのか、自分の友達の黒人女性をどのように勇気づけ、近くでサポートするべきなのかを学べるんです。そのため、私にとってはこの役で正しいことをし、映画やテレビ業界、アートの分野におけるブラック・コミュニティのレガシーに貢献することは非常に重要でした。

――特に今でも、新しいボンド役を黒人が演じるのか、女性になるのかという点で賛否両論の論争が繰り広げられていますね。これについてどう思いますか?

リンチ:このプレスツアーの最中、この問題について私たちはたくさんの会話をしてきました。そんな中で私が本当に送りたいメッセージは、ここで行われるべき会話は2つである、ということ。これまで25作にわたって、ずっと白人男性によって演じられてきた役が存在するということと、いまだに資金調達や製作決定の判断を待たされているような、黒人女性や黒人男性のための物語がたくさん存在するということ。この事実に対して、私たちは目を向けるべきだと思います。どのようにして黒人の役を映画の中に増やすのか、物語にもっと黒人を関わらせるようにするのか、そしてより黒人によるクリエイティブを、脚本執筆段階や製作の過程、ヘアメイクアップに持ち込むにはどうすればいいのか。多くの人材を業界の外から招き入れ、プロダクションの隅々まで関わっている必要があるんです。そして我々の物語が最善の形で描かれ、黒人にとって理解でき、現実的である必要もある。この取り組みを私たちは今ゆっくりと行っていますが、ずっと注視していないと、残念ながらすぐに後退してしまう問題です。だから私は、常に会話し続けることを大切にし、常に人々を“居心地悪く”させようと思っていますよ(笑)。

ーー『007』自体、とても男性的な要素が強い歴史を持つ作品ですよね。しかし近年、ハリウッドでは本来男性だった役が女性に変更されるなど、キャラクターの変換や女優の起用を積極的に行うような動きがあるように感じます。そういった映画業界における女性の進出についてはどう考えていますか?

リンチ:黒人が人種差別を生み出さなかったように、女性がミソジニーを作ったわけではありません。だからそういった問題全てに関与して改善するのは、私たちの責任ではないのです。そのため、明らかに白人男性が主導の作品シリーズがそこにあるとして、重要なことはその主導する力を持つ白人男性、そしてそこに関わる他の白人男性たちが女性を助けるために必要な会話をすることです。これは他の事と同じように個人における問題ではなく、私たち全員に関わるものであり、世界が抱える問題だから。私たち一人一人が自分の役割を果たし、正しいタイミングで声を挙げる必要がある。そして正しいタイミングとは、常に現在を指しています。ただそこに座り、女性に対して起きている出来事を傍観し、何も言わずその行いを許し、女性の問題を女性だけに押しつけるのではダメです。なので、確かにおっしゃる通り『007』は男性主導のシリーズで、今後もそのままであるとしても、その周囲に起こる会話がノーミやパロマ、マデリンやマニーペニーといった正しい視点を持ったキャラクター作りに生かされる。現状の『007』が多様性に富んでいるのは、プロデューサーの弛まぬ努力の賜物であり、そのおかげでシリーズを取り巻く会話が変わってきていると感じています。本作にはたくさんのクールな女性が登場するので、女性ファンが応援してくれることを期待しています。映画館が彼女たちの歓声に溢れて、セリフが聞こえなくなっちゃうくらいにね(笑)。

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