『竜とそばかすの姫』成功はアニメと歌の関係性にあり? 連載「アニメ定点観測」スタート

細田守のネットの捉え方に変化も

渡邉:あと、やっぱり冒頭の掴みにやられました。真っ黒い画面を2分割するように1本の白い線が出てきて、画面がずっとズームしていくと「U」のアーキテクチャの隙間から光が出てくる、そこからさらに向こうに抜けると「U」の世界が出てきて……というそのルックが、まるまる『時をかける少女』に出てくる描写で。その後の描写は『サマーウォーズ』になっていく。ベルという名前もそうですが、あからさまに過去作をリファーしています。その後、立て続けに中村佳穂さんと常田(常田大希)さんの歌が始まっていって。情報量が過剰ですごかったですよね。

杉本:情報や映像の密度を上げる手法は昨今のヒット映画の定石ですよね。では、『サマーウォーズ』とか『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』と比較したときに、細田監督が描くインターネット世界についてはどう感じましたか? 先ほど情報量の密度の話が出ましたが、僕は『サマーウォーズ』『ぼくらのウォーゲーム!』で描かれたインターネット世界は余白がたくさんあった一方で、『竜そば』では見渡す限りびっしり詰まっているように感じたんですよね。

渡邉:言われてみれば余白と密度に違いがありましたね。あとは『レディ・プレイヤー1』を想起しました。ベルが球場スタジアムで初めてコンサートを開く場面で、ものすごい長回しがあったんですよ。『竜そば』ってカットを割らないカメラワークが多かったと思うんですけど、最近の映画の、デジタル映像による実写的でないカメラワークにある種近い動きでした。それが『レディ・プレイヤー1』や『ゼロ・グラビティ』でもみられたカメラワークで、でもそれは、『サマーウォーズ』や『ぼくらのウォーゲーム!』にはほとんどなかった。

杉本:『竜そば』は「U」の世界と現実世界でのカメラワークが全く違っていましたよね。

渡邉:そうですね。

杉本:現実世界はほぼ固定カメラのフィックスをしていて、なんならキャラクターがフレームアウトしていても芝居させてたじゃないですか。でも「U」の世界では縦横無尽にカメラが動いてる。現実と「U」の世界の視点のあり方を変えていましたね。

渡邉:そうですよね。現実を描いているリアルワールドでは平面的な作画でしたが、「U」は立体的に描いてた。そこも面白いですよね。

杉本:それに今回は輪郭線の描き方にも違いがあるんです。細田監督の映画って異世界に飛ぶときにキャラの輪郭線が赤くなるんですけど、今回は竜だけにしかなく、他のキャラの輪郭線は黒の実線でした。それも『サマーウォーズ』や『ぼくらのウォーゲーム!』にはない要素でしたね。この赤い輪郭線は『ぼくらのウォーゲーム!』以降の細田監督のトレードマークだったわけですけど、それをなぜ変えたのかがすごく気になってるんですよね。

渡邉:なるほど、それは面白いですね。あとは物語の側面でいうと、『竜そば』はいわゆるフェイクニュースやアンダーグラウンドウェブのような2010年代から始まったダークなネット世界を描いてました。そこも決定的な時代の違いだったなと思います。

杉本:これまではもう少し明るいネット世界を描いていましたよね。ネットに対してずっと肯定的に捉えてきた細田さんも全肯定はできない時代になってきましたよね。とはいえ、全否定でもなくまだ希望はあるということを打ち出してる。ネット世界にまだ夢を託している部分も感じます。

渡邉:『サマーウォーズ』の場合は、無数の人たちがジェネラティヴにネットワークで繋がりあってコラボレーションすれば世界を救えるという展開でした。一方で『竜そば』は1人と1人が繋がれば世界が変わるという反対のメッセージになっている。これはやっぱりネットの世界がこの10年で変わってしまったことが大きいと思います。

杉本:定期的に細田さんは10年ごとにインターネットを描いてるわけですけど、また10年後ぐらいにやっていただけるんですかね。余白がない世界になっているので、これ以上ネットがどう発展するのかわかりませんけどね。これ以上何をするんだろうっていう。

渡邉:確かに。

杉本:VRもあって360度バーチャル空間に行けるようになっているわけで。これ以上どこに新しいものを見出せばいいのかなってことは感じましたね。『サマーウォーズ』が公開された当時はネットって“未来”だったじゃないですか。でも『竜そば』で描かれたネット世界は“未来”じゃなくて“現実”でした。もしかしたら赤い輪郭線が竜にしかなかったのは、「U」は異世界ではないという解釈が含まれているのかもしれません。

渡邉:なるほど。確かに、2030年にバーチャル世界を未来のものとして描く想像力を持っているかというと、どうなんだろう。ちょっと先が読めないところはありますよね。

杉本:「U」の世界と現実という二分法で描いているようではあるんだけど、その二分法すら通用しなくなっているというのが現実で。おそらく細田さんの中でそれも意識としてはあるんじゃないかなと思うんですよね。2030年になってさらに進行して、もはやネット空間なるものは現実空間と大差ないものだという時代に進んでいくんじゃないかと思いますよね。そういう意味では、最後にすずが生身を晒す展開は、これからの時代を生きていく上で大事なことを伝えようとする意図を感じました。

渡邉:個人的に僕は映画とインターネットって類比的に見てるところがあるので。それでいうと映画って1930年代が黄金期ですから、もしかしたらネットも2030年ぐらいが一番盛り上がってるのかもしれません。2030年の『サマーウォーズ』的なものも見たいですね。

杉本:そうですね。どんな結果になるにせよちょっと10年後もこういう題材をやっていただきたいですよね。『竜そば』は大ヒット作品となりましたが、本作で細田監督は、国際的には名実ともに日本を代表する作家として確立していきそうですね。

渡邉:ジン・キムさんとかエリック・ウォンさんといった国際色豊かなスタッフを呼んで制作された点においても、海外への眼差しが窺えるわけですよね。細田監督としてはグローバルな作家として作品を制作していくことも考えていらっしゃると思います。

杉本:国際的な監督としてはかなり大きな一歩を踏んだだろうなと本作で思いました。カンヌでもかなり評価が高いみたいですし。いくつか英語のレビューも見ましたけど、軒並み高評価みたいですね。おそらく来年のアカデミー賞長編アニメーション部門のノミネートはあるだろうなと思ってます。これまでは“ポスト宮崎駿”という言葉が一人歩きしていた部分はありましたが、『竜そば』によって、国内ヒットメーカーとしての地位を引き継ぐというよりは国際的な作家として“宮崎駿の次に来るのはこの人”という印象をかなり強く与えたと思います。

動画も公開中

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■公開情報
『竜とそばかすの姫』
全国東宝系にて公開中
監督・脚本・原作:細田守
声の出演:中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、幾田りら、森川智之、津田健次郎、小山茉美、宮野真守、役所広司ほか
企画・制作:スタジオ地図
製作幹事:スタジオ地図有限責任事業組合(LLP)・日本テレビ放送網共同幹事
配給:東宝
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