『風立ちぬ』に込められた宮崎駿の3.11への葛藤 “ピラミッドのある世界”の肯定

 本庄はそんな理不尽な格差を「矛盾だ」と言いながらも受け入れるが、苦しむ庶民から目をそらし、飛行機を作るために国家予算を費やす「矛盾」が、劇中では繰り返し描かれる堀越の夢に登場する航空技術者のカプローニは「君はピラミッドのある世界と、ピラミッドのない世界の、どちらが好きかね」と問いかける。

 ピラミッドのある世界とは、一部の人間の夢のために弱者が犠牲となる世界のことだ。

 カプローニは飛行機で空を飛びたいという人類の夢は「呪われた夢」と言うが「それでも私はピラミッドのある世界を選んだ」と答える。

 対して堀越は「美しい飛行機を作りたいと思っています」と答える。遠回しにだが、彼もまた「ピラミッドのある世界」を肯定しているのだ。

 堀越の前には様々な弱者や政治的困難が現れる。しかし彼はただ通り過ぎていくだけで、その状況に対してどう思っているのかはわかりにくい。何度も観ていると、些細な仕草や台詞の強弱に堀越の心情が込められているのがわかってくるが、過去作の喜怒哀楽がはっきりとしたキャラクターの内面描写と比べると「存在しない」に等しいものだ。「ピラミッドのある世界」を受け入れ「呪われた夢」に邁進する堀越の姿には最後まで感情移入できなかったが、この違和感こそが本作の伝えたいことだったのかもしれない。

 また、映画館で本作を観た時は、関東大震災から戦時下へと向かっていく昭和初期の空気を、東日本大震災を経た今後の日本の状況と重ねているように見えた。つまり『風立ちぬ』は過去を描くことで未来を描こうとした作品だったのだが、2013年の時点でそこまで描いてしまう宮崎駿に対して「飛躍しすぎではないか」と思った。

 しかし、2021年現在『風立ちぬ』を見直すと、宮崎駿の直感は正しかったと認めざるを得ない。それくらいあの時代の空気は現在と重なるものがあり、ピラミッドのある世界を望む人間も、以前より増えているように感じる。

 宮崎駿は『本へのとびら――岩波少年文庫を語る』(岩波新書)の中で、3.11以降の世の中を「風が吹き始めた時代」と定義し「生きていくのに困難な時代が始まりました」と語っている。3.11で宮崎が直面した葛藤は、そのまま『風立ちぬ』に込められている。おそらく本作は、公開当時よりもコロナ禍の現在の方が理解しやすいだろう。風はまだ、やみそうにない。

■放送情報
『風立ちぬ』
日本テレビ系にて、8月27日(金)21:00~23:34放送
(※放送枠40分拡大、ノーカット放送)
監督・原作・脚本:宮崎駿
音楽:久石譲
主題歌:荒井由実「ひこうき雲」
声の出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊、西村雅彦、風間杜夫、竹下景子、志田未来、國村隼、大竹しのぶ、野村萬斎
(c)2013 Studio Ghibli・NDHDMTK

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