『イン・ザ・ハイツ』にもつながる? 文化や歴史を尊重する『ビーボ』の前向きな価値観

 移民たちが住むニューヨークの一角で、夢を追う若者たちの姿を描いたミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』が、アメリカを中心に日本でも話題となっている。原作となったブロードウェイの舞台版を作り上げ、映画の音楽を担当しているのは、『ハミルトン』のステージも手がけた、リン=マニュエル・ミランダ。アニメーション映画『ビーボ』は、そんなミランダを中心に、アレックス・ラカモアやクイアラ・アレグリア・ヒューズなど、ともに舞台を手がけてきた音楽スタッフ、劇作家らが集結。ラテン出身のキャラクターたちがアメリカで音楽を奏で歌う、アニメーションで表現されるミュージカル作品である。

 劇場では公開されず、Netflixの配信作となった『ビーボ』は、日本ではアメリカほど宣伝されておらず、あまり注目されていないようだ。しかし、その内容は2021年公開のアニメーション映画のなかでも屈指の一本となっている。ここでは、そんな魅力的な本作が描いたものが何だったのかを考えていきたい。

 もともと本作は、ドリームワークス・アニメーションで製作されるはずだった。しかし、長い準備期間を経ながら、この企画は立ち消えとなってしまう。そんな『ビーボ』の製作を最終的に請け負ったのは、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)、『ミッチェル家とマシンの反乱』(2021年)と、近年素晴らしい内容のアニメーション映画を届けている、ソニー・ピクチャーズ アニメーションだった。異例なことだが、映画の出来やリン=マニュエル・ミランダの現在の人気の高さを見る限り、企画を手放したドリームワークスや、親会社のユニバーサルは後悔しているのではないだろうか。

 物語の始まりとなるのは、キューバの首都ハバナ。黄色い子どもの猿のような見た目だが、じつはアライグマの仲間である珍獣・キンカジューの“ビーボ”は、今日も街の噴水の前で、ベテランのミュージシャン“アンドレス”とともに、ドラムや笛、トレス(キューバの弦楽器)を奏でる大道芸を披露して通行人を沸かしていた。誰よりも息の合ったコンビが奏でる曲は、これからもずっとハバナに彩りを与えていくのだと、ビーボは思っていた。

 だが、そんなビーボに、あまりにもショッキングな事態が起こってしまう……。悲しみに打ちひしがれるビーボは、アンドレスの秘めた想いを届けるため、彼の甥の娘であり、アメリカに住んでいる小さな女の子ギャビーとともに、マイアミで引退コンサートを開催するキューバ出身の女性歌手マルタのもとへ向かう。

 オリジナルの音声でビーボが演じているのは、なんとリン=マニュエル・ミランダ自身だ。舞台で自ら勢力的にパフォーマンスをしているミランダの早口な語りとのびやかな歌声によるミュージカルシーンは見事。ビーボは、典型的な可愛らしい見た目のキャラクターだが、中身は大人の男性なのだ。

 このビーボと行動をともにする、ギャビーのキャラクターも風変わりで面白い。一定以上の年齢の日本人であれば、C-C-Bのドラマーを想起するような、派手な髪型とメガネがトレードマークとなっている女の子だ。彼女が歌う「マイ・オウン・ドラム」は、ミランダいわくK-POPやミッシー・エリオットのラップスタイル、ケイティ・ペリーのパフォーマンスなどからインスピレーションを得たナンバーで、溢れ出る個性を隠さない豪快さと、周囲から理解を得られない孤独が反映された彼女の内面が、音楽そのものによって示される。この曲は、実際にミッシー・エリオットも加わったバージョンも作られ、スタッフクレジットの部分で披露されている。

 ヒロインとして登場するギャビーは、まるまるとした体型にデザインされているのが魅力だ。近年のアメリカのアニメーションでは、このように、スレンダーな体型に代表される従来の基準による理想化されたイメージを、キャラクターに投影することを避ける傾向になってきている。それでいて、ギャビーは子どもらしい健康さと溌剌とした可愛らしさを発揮し、近年のどのアニメーション作品にも見られない、個性的な魅力に溢れたキャラクターとなっている。これは、とくに日本のアニメーションの主流にはないセンスだ。

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