『イン・ザ・ハイツ』にもつながる? 文化や歴史を尊重する『ビーボ』の前向きな価値観
キューバで培った、優れた音楽技術と前のめりのシンコペーションを洗練させてきたビーボと、まだ経験は少ないが、大胆な感性を持つギャビーのコンビは、ちぐはぐながらも少しずつ友情を深め、デュエット曲「キープ・ザ・ビート」で、二人の間にハーモニーが醸成されていく。キャラクター個々の特性だけでなく、出会いと新しい可能性もまた、音楽で表現されていくのだ。
そのような可能性は、ハバナの街で出会ったビーボとアンドレスのシーンでも表現されていた。アンドレスはまだ名前のないビーボに、「音楽が好きなお前にぴったりの名前を付けよう」と語りかけ、“ビーボ”という言葉を思いつく。スペイン語で“VIVO”とは、“生きている”という意味である。ある人たちにとって“音楽”は、“生きる”ことと同義なのだ。
音楽を聴き、体を動かし、演奏し、声を出す。本作の冒頭とラストは、そんな“音”を“楽しむ”、“音楽”が、老若男女問わず感じることのできる幸せとして、ミュージカルで表現されている。そして劇中で描かれるように、音楽は愛を伝え、友情を深める手段にもなる。その意味で、まさに音楽は人生の意味そのものになり得るのである。
アンドレスが想いを寄せていた大物歌手マルタを演じるのは、自身もキューバ出身のグロリア・エステファン。彼女がクライマックスで歌うのは、エステファンが本作への出演を決めるきっかけとなった「インサイド・ユア・ハート」。ミランダが書いた、このせつなくも情熱的な曲に、エステファンはキューバ音楽へのリスペクトを感じ、出演を決めたのだという。
本作の終着点となるマイアミは、多くの民族と文化が混在し、グロリア・エステファンに代表されるラテンポップスの盛んな土地柄だ。キューバ音楽を愛するビーボと、キューバにルーツを持つアメリカの少女ギャビーが、キューバからエバーグレーズを経て、マイアミへと向かっていく道行きは、まさに音楽が国境を越えて、土地の文化に影響を受けて変質していく、スケールの大きな音楽史、文化史そのものの象徴ともなっている。
本作から感じられる奥行きは、このように、文化や歴史を尊重する姿勢からくるものだ。その上で、新しい価値観によって変化していく社会のなかに、それらが合流する姿を描いていくことで、本作は現在の作品としての価値をも持つことになる。リン=マニュエル・ミランダは、アメリカで数々の作品を発表しながら、人種や性別におけるマイノリティを支援する活動をしている。多様な文化的背景を持つ人々が社会で活躍することは、社会に幅の広さや新しい考え方をもたらすことにつながっていく。『イン・ザ・ハイツ』同様、『ビーボ』にも、そんな前向きな価値観が作品に大きなパワーを与えているのだ。
■配信情報
『ビーボ』
Netflixにて配信中
監督:カーク・デミッコ
共同監督:ブランドン・ジェフォーズ
脚本:キアラ・アレグリア・ヒューディーズ
声の出演:リン=マニュエル・ミランダ、フアン・デ・マルコス、グロリア・エステファン、ヤナイアリー・シモ、ゾーイ・サルダナ、マイケル・ルーカー、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ニコール・バイヤー、ケイティ・ロウズ、オリヴィア・トゥルヒージョ、リディア・ジュウェット
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