NHK「よるドラ」はテレビドラマに何をもたらすか 尾崎裕和Pに聞くこれまでの歩み

 6月28日に最終回を迎える『いいね!光源氏くん し~ずん2』。本作は、NHKの「よるドラ」枠の作品であり、2018年度からスタートしたドラマ枠だ。

 2019年の『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』以降、数々の作品を生み出してきた「よるドラ」は、若者に向けた先鋭的なドラマを作り続けてきた。

 2021年4月の『きれいのくに』から、放送時間は土曜夜(23時30分放送)の深夜枠から月曜夜(22時45分放送)に移動したが、その「攻めの姿勢」は今も変わらない。

 今回、リアルサウンド映画部では「よるドラ」の立ち上げから関わっているプロデューサーの尾崎裕和に話を聞いた。唯一無二の若者向けドラマ枠として快進撃を続ける「よるドラ」は果たしてどこに向かい、テレビドラマに何をもたらすのか?(成馬零一)

「自分のために作られた作品」だと思ってもらえるようなドラマ

――「よるドラ」枠を立ち上げた経緯について教えてください。

尾崎裕和(以下、尾崎):「よるドラ」は、2018年4月から「週末土曜深夜にリラックスした気分で楽しめるドラマ枠」としてスタートしました。はじめは過去にNHK BSプレミアムで放送されていた『植物男子ベランダー』シリーズを再放送していたのですが、2019年からは旬のキャストや次世代の脚本家など新しいクリエイターを起用し、10代~20代のネットに親和性の高い人が楽しめる作品を作るようになりました。

――ネットを意識した若者向けドラマ枠ということですね。

尾崎:2020年に開始する「NHKプラス」という同時配信・見逃し番組配信サービスに合わせる形で、テレビだけではなくネットで話題になるドラマを作りたいという方針がありました。その準備のために、先にドラマ枠を作り2019年から新作の放送が始まったという感じですね。

――準備期間は1年くらいあったということですか?

尾崎:「2019年から新作を作る」ために、2017年末からスタートしました。ドラマの企画は「やりたい」という人が手を挙げて、どんな作品が「よるドラ」にふさわしいのかを話し合って決めていきました。今までNHKに触れたことがない若い人たちに届くものを作っていきたいというのが、当初の目的でした。

――「若い人に見てもらえない」という危機感が、NHKにあったということでしょうか?

尾崎:そういう危機感は10~20年前から脈々とあったと思います。「よるドラ」以前にも若者向けドラマ枠は定期的に作られていたのですが、私がNHKに入局した時の研修でも「NHKを見てくれる若い視聴者が減っている」という話を聞かされました。

――昔のNHKの若者向けドラマというと『六番目の小夜子』(2000年放送)が好きだったのですが、NHK教育(Eテレ)で土曜の夕方に放送されていたこともあり、大人が子供に向けて作る良心的な作品という印象でした。対して「よるドラ」は深夜枠だったこともあってか、もっと尖ってますよね。「よるドラ」として一番に打ち出そうと考えたことを教えてください。

尾崎:立ち上げの際に、局の若手が集まって話し合った時に出てきたキーワードが「斬新さ」と「オーダーメイド感」でした。「斬新さ」は、今までNHKでやってこなかったような新しいことをやりたいということ。「オーダーメイド感」は、若い視聴者が「これは自分のために作られたドラマだ」と思ってもらえるような作品を作るということですね。広い層に思ってもらわなくても良いので「刺さる人には深く刺さるものを作りたい」というニュアンスです。そうやって若手の間で話し合って生まれたのが『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』、『腐女子、うっかりゲイに告る。』、『だから私は推しました』です。最初の「ごった煮」のような話し合いの中で出てきたのが、この3作でした。

――3作ともタイトルが挑発的ですよね。ライトノベルとかで流行っていた長いタイトルで。

尾崎:『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(以下、『ゾンみつ』)というタイトルは、企画プロデュースを担当した僕が付けたのですが、あんまり深遠な意図はなくて、ブレストの中で決まっていったという感じです。だからあまりカッコつけてない。まぁ逆の意味でカッコつけているとも言えるのですが(笑)。確かにラノベ的な全部言ってしまうタイトルの影響を受けているのかなあと思います。ただタイトルの並びを見ると統一感があるように見えますが、それぞれの担当者が決めているので「統一感を出そう」という意図はないんですよ。おそらく時代の気分がタイトルに出ているのかなぁと思います。

――そもそも「よるドラ」の新作、第一作で、どうして「ゾンビもの」をやろうと考えたのでしょうか? 

尾崎:「世界が滅ぶ話」をやってみたいというのがきっかけでした。当時、世の中のことや自分の境遇や局内の事などに対して、腹の立つことがいろいろあって「こんな世界なんか滅んでしまえばいい」と私自身が怒っていたんですよね。そういう気分を「ゾンビ」というインパクトのある題材を通して描くことで、ドラマとして跳ねたものが作れるんじゃないかと思いました。

――不思議な作品ですよね。コロナ禍に感じている閉塞感が先駆けて描かれていたように感じます。

尾崎:映画『シン・ゴジラ』の影響もありました。社会的なテーマを怪獣やゾンビといった寓話的な要素を取り込むことによって批評的に描けるんじゃないかと、企画を練っていく段階で考えましたね。

――次に放送された『腐女子、うっかりゲイに告る。』(以下、『腐女子』)は、小説投稿サイト・カクヨムで連載されていた浅原ナオトさんの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』が原作ですね。よるドラは原作モノも多いのですが、選び方が他のドラマ枠とは全く違うように見えます。

尾崎:『腐女子』は上田明子さんという女性ディレクターの企画で、はじめはBL(ボーイズラブ)をやりたいという企画イメージがあったんですが、上田さんがちょうどその頃出版された浅原ナオトさんの小説を見つけてきた。いわゆるBLではないけど、これは面白い原作だからぜひやろうということになりました。

――『腐女子』の三浦直之さん、『ここは今から倫理です。』の高羽彩さん、『きれいのくに』の加藤拓也さんといった小劇場演劇を活動の拠点とされている方が脚本を書かれることが多いのも「よるドラ」の特徴ですよね。テレビドラマの脚本家って定番化していて、ベテラン脚本家の作品が多いのですが、その中で「よるドラ」は、連続ドラマをあまり書いていない方と組まれていて、新しい才能を発掘しているという印象があります

尾崎:企画を出したディレクターやプロデューサーが組みたい人を選んでいます。劇作家の方が多いのは、今まで書いていなくても連ドラを書けるんじゃないかと期待をさせてくれる方々が、小劇場界隈に多いからだと思います。

――2019年に放送された最初の3作のインパクトは凄かったですね。反響はいかがでしたか?

尾崎:ネットの反応を追っていたのですが、『ゾンみつ』の時は題材がマニアックで新作だったこともあり「ちょっと変なことやり始めたぞ」という感じで、もの凄くバズったという感じではなかったですね。対して『腐女子』は、やっぱりこういう切実なテーマにはリアクションがあるんだなぁと思いました。『だから私は推しました』は、劇中に登場する地下アイドルの独自アカウントをTwitterで作ったら、リアクションが良かったです。テーマ性はもちろんですが「地下アイドル」という題材とあいまって、うまく盛り上げることができました。それぞれ違うリアクションでしたが、段階を踏んで「よるドラ」という枠が受け入れられていったように思います。

――『だから私は推しました』の脚本は森下佳子さんでしたが、「よるドラ」では異色ですよね。NHKでは連続テレビ小説(以下、朝ドラ)の『ごちそうさん』や大河ドラマの『おんな城主 直虎』の脚本を書かれた人気作家ですが、森下さんの脚本ありきで始まったのですか?

尾崎:これも企画が先なんですよ。この頃はざっくりとした決め方で面白かったのですが高橋優香子さんと言うNHK大阪放送局の20代のプロデューサーが「地下アイドル」がとても好きだったので、「地下アイドルモノをやってみよう」という個人的な動機から始まりました。

――森下さんの作品歴の中でも異色作ですよね。大河と朝ドラを既に書かれている方が「よるドラ」で執筆したので、当時すごく驚きました。

尾崎:高橋さんが、森下さんの作品がとても好きだったので脚本を依頼したところ、森下さんに乗っていただきました。企画者がやりたい方に声をかけて、うまくスケジュールもあって興味を持っていただいたという感じですね。

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