王道の“ナメてた相手がヤバいやつだった映画” 『Mr.ノーバディ』が少し異色な理由
何事も、予想外というのが面白い。相手が自分の思っていたような相手ではなかった時。例えば、すごく怖そうな人が5円玉をくれたり、人間付き合いとか嫌いそうな人が飲み会で一番張り切って楽しんでいたり。いい意味での裏切り、とも言える。さて、悪い意味で裏切られた場合はそうはいかない。ナメていた相手が、やばかった時だ。
現在公開中の『Mr.ノーバディ』は、まさにそういう物語。郊外に住む、職場と家を行ったり来たりする冴えない親父、そんなふうに勝手に自分を見定めてきた……ナメてきた相手を、主人公がこれでもかというくらいボコボコにする。それにも懲りずやってくる奴らを、とことんぶち殺す。本作は『ジョン・ウィック』の脚本家デレク・コルスタッドと製作デヴィッド・リーチがタッグを組み、そこに『ハードコア』で知られるイリヤ・ナイシュラーが監督を務めた作品。この陣で作る“ナメてた相手がヤバい奴だった映画”が当たらないわけがないのだが、本作は『ジョン・ウィック』とも、他の“ナメてた相手がヤバい奴だった映画”とも少し毛色が違う。
“ナメてた相手がヤバい奴だった映画”といえば、多くが『イコライザー』や、『96時間』(大体のリーアム・ニーソン映画が最近その兆候ありだけど)、『ドント・ブリーズ』、そしてもちろん『ジョン・ウィック』だ。元海兵隊員で国防情報局(DIA)の凄腕の特殊工作員が、ホームセンターに勤務し平凡な日々を送っていたところ、近所のダイナーで顔馴染みの少女がマフィアに巻き込まれていることを知る。この『イコライザー』の主人公ロバート・マッコールは、クロエ・グレース・モレッツ演じるテリーが無惨な姿にされたことがトリガーとなり、マフィアに制裁を下していく。
『96時間』のお父さんこと元CIA工作員のブライアン・ミルズも、愛娘のキムが誘拐されたことがトリガーとなり、カリフォルニアからパリまで飛んで直接彼女を奪還しようと無双化する。『ドント・ブリーズ』の盲目の老人は、彼らと違ってヴィラン的な立ち位置で描かれる“ナメてたヤバいやつ”だが、彼もまた家の金庫に保管している大金(そして地下に隠した“大切なもの”)が奪われようとしている、というのがトリガーとなって若者たちを蹂躙していく。『ジョン・ウィック』に関しては、言わずもがな妻の遺した愛犬を殺されたことにある。
しかし、『Mr.ノーバディ』のトリガーは少し不思議だ。上記で紹介した“ヤバい奴ら”は事件が起きるまでの日常の中でストレスなく過ごし、突発的にゲージが突破する。しかし本作の主人公ハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)はその日常の中で緩やかにストレスを溜め、イライラしている。そしてその溜まったゲージが突如家に不法侵入してきた強盗の一件によって最高潮に達するも、頂点は突破しない。それぐらいはやり過ごそうとしていたわけだ。しかし強盗が娘の猫ちゃんブレスレットを(結果的に)盗んでいたことを知ると、ジョン・ウィックみたいなキレ方をして彼らに報復しに行く。でも、この時点でもまだ、ゲージは突破していない。そう、彼はその後バスに偶然乗り合わせたチンピラを利用することでようやく、そして外的要因というより“自らの意思で”ヤバいやつモードにフル切り替えしたのである。