有村架純演じる里穂子の再生物語 『コントが始まる』は“推しのいる生活”を本質的に描いた

“推しのいる生活”の意味

 一言で言うなら、里穂子にとって「推し」は「生活力」だった。春斗が泥酔した里穂子に公園で出会った夜、その日に会社を辞めた彼女はしきりに「お前らは」と“複数形”を使って彼に絡んでいた。それをずっと霊感があるのかと不思議がっていた春斗だが、この小さな描写からも彼女がずっと“里穂子vs複数”という孤独の立場にいたことが窺える。彼女は同じ部署の人間が取引先と揉めたので、できる限り協力してあげようとした。しかし、気がつけば取引先からの苦情が彼女のもとに来るようになり、全く関係のなかった問題の最前線に立たされてしまった。何より最悪だったのが、その責任を押し付けてきた内情を知っているはずの人間たちが「トラブルの原因は里穂子」という嘘まで吹聴したことにある。

 好きな仕事に向けるやる気、そして善意を利用された彼女の不幸はさらに続く。その頃結婚を前提に付き合って、式場も指輪も確認していた彼氏からフラれたことだ。“他の誰かと結婚するための下調べ”に使われた里穂子は、公私ともにその頑張りや好きという気持ちを利用されてしまった。「自分が頑張るからダメなのか」と思っていたと、第3話でこの内情を打ち明けた彼女。第1話でも春斗に「自分は疫病神なのかもしれない」と言ったように、全ての不幸の原因が自分にあるのではないかとまで考えるような精神状態に陥ってしまったのだ。マクベスに出会う1年半前は、肉親からの連絡にも応えず、音信不通の里穂子を妹つむぎが救出する。風呂にも入らず、食事もとらず、家から一歩も出られなかった彼女は生活する機能と力を失った一種の鬱状態にあった。あのまま1人でいたら、どうなっていただろう。

 コロナ禍では例年に比べて鬱病の診断率が上がり、自殺率も上がっている。里穂子のその姿はまさに他人事のように思えない。しかし、そんな彼女が一つ、一つでもいいから心の支えになれるもの……マクベスという「推し」に出会えたことで、再び自らの力で生きていく意思と力を取り戻せた。「頑張って傷つくのが怖い」「でもそれって寂しい」「なにかを頑張る気持ちを抑えることなんてなかった」と心の内を吐き出した里穂子は、自分が頑張れないからこそ一生懸命頑張り、それを楽しんでいるマクベス3人に行方を失った自分の気持ちを託すことができたのかもしれない。順風満帆ではない彼らがもがく姿を近くで見てきたからこそ、自分も頑張れたのだ。

 「推し」は冗談ではなく、生きる糧である。それが他人に理解されなくても、その人にとっては生活や自分自身を前に進めさせてくれる、そんな求心力のある存在なのだ。だからこそ、尊い。だからこそ、それを意識的か無意識的か失わないための距離感を保って大事にしてきた里穂子はファンの鑑だし、その姿勢に多くの共感と支持を得た。そして、そんなファンに春斗をはじめマクベスもまた精神的に支えられていた。

「1人の人がちゃんと見てくれているとわかっただけで、俺たちみたいな人間は頑張れるんすよ。やってきた努力が無駄じゃなかったって思えるんです。マクベスに気付いてくれてありがとうございます」

 最終話で描かれた公園での2人の会話、春斗(推し)のこの感謝は里穂子(ファン)にとって涙なくして聞けない、最上級の言葉だ。努力が無駄じゃなかったということも、里穂子がファミレスで花の名を聞かれた時に実感したことだったが、それもまたマクベスとの出会いを通して取り戻せた自分の“頑張りの意味”なのだ。先述の“頑張ってきた自分が悪い”という考えから解放された里穂子。そうして再就職にも挑むことができた。

 つむぎが里穂子を、里穂子がマクベスをちゃんと見てくれていたおかげで救いが連鎖していく。この「推し」と「ファン」の応酬が本当に美しく、たった1人の言動が誰かにとって想像以上の支えになることを描いた『コントが始まる』。マクベスが解散という終わりに向かうのとは反比例して、マクベス個人に限らず里穂子という1人の女性が始まりに向かう物語であった。部屋で廃人になって生活さえできない状態だった彼女が、ラストシーンで映されたように、よくぞあそこまで社会復帰できたことを思うと、それだけで感動的だし「推し」の力の偉大さを痛感させられる。里穂子の“人生”が始まるきっかけとなったマクベス、その「推し活」をこれまでにないほど本質的に描き切った本作は、「推し」を持つ多くの人に共感を与え、心揺さぶるドラマだった。

■アナイス(ANAIS)
映画ライター。幼少期はQueenを聞きながら化石掘りをして過ごした、恐竜とポップカルチャーをこよなく愛するナードなミックス。レビューやコラム、インタビュー記事を執筆する。InstagramTwitter

■配信情報
『コントが始まる』
Huluにて配信中
出演:菅田将暉、有村架純、仲野太賀、古川琴音、神木隆之介
脚本:金子茂樹
演出:猪股隆一、金井紘(storyboard)
チーフプロデューサー:池田健司
プロデューサー:福井雄太、松山雅則(トータルメディアコミュニケーション)
主題歌:あいみょん「愛を知るまでは」(unBORDE/Warner Music Japan)
制作協力:トータルメディアコミュニケーション
製作著作:日本テレビ
(c)日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/conpaji/
公式Twitter:@conpaji_ntv

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