デヴィッド・バーンが『アメリカン・ユートピア』に込めた「ユートピア」の意味
そもそも、同じユニホーム(グレーのスーツ)を着て列をなして演奏をするという、『アメリカン・ユートピア』におけるバンドの形式のモチーフとなっているのは、奴隷から解放された黒人のためアメリカの南部で設立されたHBCU(歴史的黒人大学)の文化を象徴するマーチングバンドの形式だ。『アメリカン・ユートピア』に収められている現在のデヴィッド・バーンのステージ演出を自分が最初に見たのは、2018年のコーチェラのライブ配信だった。あの年のコーチェラは今では「ビーチェラ」と称されているように、メインステージのヘッドライナーを務めたビヨンセの歴史的なパフォーマンスで多くの人に記憶されているが、デヴィッド・バーンも同じ年の同じ場所で、ビヨンセと同じようにマーチングバンドの演出を取り入れていたのだ。
さらに言うなら、『アメリカン・ユートピア』のクライマックスで披露されている、バンドを従えて客席の中を演奏しながら練り歩いていく演出は、ジャネール・モネイやビヨンセのステージでもお馴染みだが、そのルーツと言えるのは1930年代のアメリカを一世風靡したジャズシンガー・バンドリーダーのキャブ・キャロウェイのステージだ(これははっきりと自慢だが、1988年にMZA有明で行われたキャブ・キャロウェイ唯一の来日公演を自分は高校生の時に体験していて、その時も往年の客席練り歩きパフォーマンスは披露された)。あるいは36年前に遡って、『ストップ・メイキング・センス』のあの異様に肩幅の広いスーツのルーツもまた、キャブ・キャロウェイと彼のバンドのズート・スーツにあったと指摘することも可能だろう。
さて、それらは本当に「文化の盗用」だろうか? 80年代に「意味なんて捨てちまえ」(ストップ・メイキング・センス)と歌っていたデヴィッド・バーンが『アメリカン・ユートピア』でメイク・センスしているのは、トーキング・ヘッズ時代の活動も踏まえたそんな問いかけかもしれない。ジャネール・モネイが理解のある若い世代の観客を前にしてパフォーマンスする「Hell You Talmbout」は確かにパワフルで感動的だが、より世界を早く確実に良きものへと変えるのはデヴィッド・バーンによって白人の老人ばかりの観客の前でパフォーマンスされる「Hell You Talmbout」の方なのではないだろうか? そのことに思い当たれば、本作の監督をデヴィッド・バーンと同じニューヨークで暮らす同年代のスパイク・リーが務めている理由もわかるはずだ。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「集英社新書プラス」「MOVIE WALKER PRESS」「メルカリマガジン」「キネマ旬報」「装苑」「GLOW」などで批評やコラムやインタビュー企画を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。最新刊『2010s』(新潮社)発売中。Twitter
■公開情報
『アメリカン・ユートピア』
5月28日(金)全国ロードショー
監督:スパイク・リー
製作:デヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
配給:パルコ ユニバーサル映画
2020年/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/107分/原題:David Byrne’s American Utopia/字幕監修:ピーター・バラカン
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公式サイト:americanutopia-jpn.com