芳根京子の“生きる”姿から学ぶ社会との繋がり方 『半径5メートル』の題名に込められた思い
これらを2折編集部はまっすぐ捉えて深堀りするだけではなく、本当のところどうなのか違う角度で攻めていく。ジャーナリズムとしてまともなアプローチで、結果得られる発見による物語の快楽も安定感がある。
ただあまりにもまっとうすぎて物語としてはやや物足りなさもあり、もう少しだけエンタメとしてのエグみが欲しくなる。エグみではないけれど、唯一のフィクション感は、2折編集部のラグジュアリーな部屋。「こんな編集部、ないよ!」と出版経験者は思っているであろう(筆者もそのひとり)。余談だが、1月期のドラマ『オー!マイ・ボス!恋は別冊で』(TBS系)のファッション誌の編集部も素敵な部屋過ぎてあり得なかった。このあり得ないというのは一出版社の花形部署でもないところがこんなに独自の個性で彩られることはないという意味である。そこだけは夢であり、聖域として描かれているのだなと思う。
編集部のみならず風未香の部屋も聖域に見える。古そうな建物だが、木のぬくもりがあって住み心地が良さそう。編集者らしく本がたくさん並んでいるが、飾り気なく、仕事に追われて散らかっている部屋ではなく、ベッドまわりとリビングは窓から光も差し込んで明るく、おしゃれなインテリアでまとまっている。これなら山辺(毎熊克哉)も居座ってしまいそうである。パッチワークみたいにした戸の向こうがクローゼットになっているのも素敵。なんといっても素敵だったのは第4話の香織の部屋。間接照明で高価そうなアンティークが並び、鏡前は楽屋ライトのよう。これなら娘も悪い気はしないだろう。
先に上げた個体距離や密接距離にあたる、編集部や個人の住居が個人の趣味嗜好でパーフェクトに確立された上で、それを開示し、お互いの違いを認め合い、重ね合い、広げていく。
それがこのドラマの世界観なのであろう。手作り料理の認識は人それぞれであること、恋愛感情や欲望は年齢で決まるものではないこと、捨てる捨てないの選択肢は人それぞれであること、身体は男でも心は女性である(その反対も)こともある。ひとりひとりが選ぶ答えはすべて違う。そのひとつひとつは、ドラマに描かれた部屋のように、個別の輝き、居心地の良さを持っている。それが交わって社会になり世界になる。そうやって他者の世界を知った上で再び個人に戻っていく。その行き交う姿こそが社会。
例えば、五輪のマークの5メートル版みたいなものであろうか。今、五輪を口にしてもあまりいい印象を受けないかもしれないけれど、だからこそあのマークの意味も今一度、ちゃんと考えてみたい。
■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。
■放送情報
NHKドラマ10『半径5メートル』
NHK総合にて、毎週金曜日22:00〜22:44放送(連続10回)
作:橋部敦子
演出:三島有紀子、岡田健、北野隆
音楽:田中拓人
出演:芳根京子、毎熊克哉、真飛聖、山田真歩、北村有起哉、尾美としのり、永作博美ほか
制作統括:勝田夏子、岡本幸江
写真提供=NHK