「アニメは実写に、実写はアニメになる」第5回

『シン・エヴァ』ラストカットの奇妙さの正体とは 庵野秀明が追い続けた“虚構と現実”の境界

『シン・ゴジラ』でプリヴィズを導入

『シン・ゴジラ』(c)2016 TOHO CO.,LTD.

 『シン・ゴジラ』は庵野氏のキャリアにおって『エヴァンゲリオン』シリーズに並ぶ重要作と言える。自身のルーツである特撮ジャンルで大ヒットさせたことはもちろん、実写とアニメのハイブリッドな制作手法の一つの答えを見出したからだ。

 具体的には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でも重要な役割を担ったプリヴィズの導入だ。プリヴィズとは、画面設計をコンピューター上で前もって作り上げることを指し、大作ハリウッド映画では当たり前になっている。とりわけCGを多用する作品は、前もってプリヴィズで完成イメージを撮影現場とCG制作チームで共有しておく必要があるため、映画の完成度を左右する重要な要素となっている。

 そもそも、庵野氏が『シン・ゴジラ』でプリヴィズを導入しようと考えたのは、当初は撮影現場に行かない予定だったので、きっちりイメージを作りこんで現場監督の樋口真嗣につなごうと考えたからだ。結果的に庵野氏は、毎日撮影現場にいて、プリヴィズ通りの画ばかりを撮ったわけではないらしいが、特撮のリアリティをCGで再現するためにプリヴィズがおおいに役立ったようだ。CGI監督の宮城健氏やゴジラコンセプトアニメーターの熊本周平氏はこう語る。

宮城:庵野さんは、プリヴィズで自分が納得できるまで動きやアングルを詰めていたので、いざ本番のCGが上がってくると、上がった精度に違和感を覚えたのか、プリヴィズに戻してくださいという指示を出すことが結構ありました。プリヴィズでのCGは、たとえばゴジラひとつとっても、可動部も少なく、動きもかなり簡略された作りになっています。※16
熊本:どうもこの異様な動きが、今回の庵野さんの狙いと合致したみたいなのです。
<中略>この動きは自分にとっては、あくまでコンセプトであって、その後のアニメーションを作る過程で、もっとクオリティがアップされるのが前提になっているんです。※17

 プリヴィズはあくまで簡略化した仮の検討用素材なので、本番ではより生物的な骨格を意識して質感もリアルなものにしていくのが通常のCG作業だ。「実写映画」ならそうやって精度を高めていけば良いかもしれない。だが、庵野氏の考える「特撮映画」としての魅力からは遠ざかる。

 かつてのゴジラは着ぐるみだった。これは様々な制約の中で特撮の神様、円谷英二が生み出した技法だ。初代『ゴジラ』制作時には『キング・コング』のようにストップモーションも検討されたが、製作費と時間の都合で断念、作り上げた着ぐるみもものすごく重たいもので、本来の脚本では牛を追いかけまわすなど生物らしい振舞いをする予定だったものが、動かすだけでやっとのものになってしまった。しかし、それが怪我の功名で、重量感があり、威厳漂う恐ろしいモンスターを生み出すことになったのだ。(※18)

 庵野氏が目指したのはそのゴジラであり、現実にいそうな質感を持った存在ではなかった。ハリウッド映画は基本的に「実写映画」なので、リアリティの基準は「現実」である。だからゴジラもポケモンもソニックも、現実の生物を参考に質感を作ることになる。しかし、実景よりも実景そっくりのミニチュアに感動する庵野氏の物差しは「現実」ではなく、「特撮」なのだ。

 そして、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』ではさらに特撮的なリアリティ感覚をメタ的に表現し、制作手法にも特撮的な手順を大幅に導入することになる。

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