韓国映画の“重たい”イメージを変える!? 七転八倒必至の韓国産アクションコメディの魅力

 韓国産コメディの魅力といえば、作品そのものの構造だけでなく俳優の存在感によるところも大きい。特に名前を挙げたいのが韓国映画の名バイプレーヤー、ユ・ヘジンだ。独特の声色、どこか愛嬌のある表情、なによりコメディ作品にジャストフィットする演技力の高さという意味では、この俳優に勝る“韓国映画界のコメディアン”は他にいないのではないだろうか。

『LUCK-KEY/ラッキー』(c)2016 SHOWBOX AND YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED.

 ユ・ヘジンといえば『鍵泥棒のメソッド』を原案にした『LUCK-KEY/ラッキー』に主演しているのだが、これが本当に見事としか言いようがないキャスティング。名脇役を主演として起用したからこそ、主人公にして殺し屋のヒョンウクというキャラが一層輝きを放っていることは間違いない。それだけではなく、はっきり言えばユ・ヘジンの顔の演技がずるい。キザなセリフを放つだけで笑いに変えてしまうユ・ヘジンの顔面演技力がずるすぎるのだ。しかも韓国映画界も彼をただのコメディアイコンとして作品に起用しているのではなく、ユ・ヘジンの演技力から溢れ出す“人情味”を引き出そうとしている点が素晴らしい。

 ユ・ヘジンの存在感が光る作品は『コンフィデンシャル 共助』や『タクシー運転手 約束は海を越えて』など数多いが、中でも元レスリング選手にして不器用な父親ギボを演じた『レッスル!』はユ・ヘジンの人間臭さが存分に味わえる作品。シングルファーザーのギボは息子のソンウンがレスリングで金メダルを獲得することを夢見ており、ソンウンへの指導に余念がない。そんな中ソンウン本人からレスリングを辞めたいと申し出があり……。という内容からもわかる通り、本作はレスリングを通してギボとソンウン親子の絆を描いたスポ根コメディ。

『レッスル!』(c)2018 LOTTE ENTERTAINMENT & DCG PLUS, Inc. & ANNAPURNA FILMS All Rights Reserved.

その一方でサイドストーリーも充実していて、そのほとんどがギボを中心に展開される。そんなギボを演じるユ・ヘジンは思春期を迎えた息子の変化に戸惑い、時には息子の同級生に思いを寄せられて困惑する様子を見事に表現。どこか鈍感というのか、間の抜けた雰囲気を醸し出しつつ息子とのドラマでしっかり涙を搾り取っていくのだから、やはりユ・ヘジンはずるいとしか言いようがない。彼の持つ人情味は日本人にもなじみやすく、極端な例えだが日本でいえば「吉本新喜劇」のような親しみやすさを感じてしまう。

 またコメディ作品への出演が多いわけではないが、“マブリー”の愛称だけで人柄が窺えるマ・ドンソクのコメディアンぶりも、韓国映画の潮流を変えそうなほどの勢いを見せている。マ・ドンソクは『新感染 ファイナル・エクスプレス』で腕っぷしのみで迫りくるゾンビに対抗する漢気を見せ、日本でもあっという間に人気を獲得。どちらかといえば(失礼ながら)悪役顔ではあるものの、コロコロした熊のような愛嬌がリカバリーしており、むしろ本人もそれを強みにしているような気もする。

『犯罪都市』(c)2017 KIWI MEDIA GROUP & VANTAGE E&M. ALL RIGHTS RESERVED

 とにもかくにも大ブレイクを果たしたマ・ドンソク。『新感染 ファイナル・エクスプレス』ではシビアなキャラクター性と演技を必要とされたが、『犯罪都市』で演じたマ・ソクト刑事においては深みのある人物造形が大きな魅力となった。本作はあくまでクライムアクションであり、本稿冒頭で記した重厚感漂う作品緒1つに数えられる。実際に本編は暴力と流血にまみれ、マ・ドンソクも張り手1発で敵を沈める文字通りの剛腕刑事。だからこそ犯罪組織メンバーを拘束した際にマ・ソクトが脅迫の手段として手にしたスタンガンを示し、「弁護士のスタンさんだ」と紹介するユーモアセンスが際立つ。マブリーという巨漢の俳優ならではの“可愛らしさ”もあり、唐突なコメディパートながら思わず笑えてしまうのだ。

『スタートアップ!』(c)2019 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.

 日本でも公開された『スタートアップ!』ではおかっぱ頭の料理人に扮し、ファンの誰もが求める純度100%のコメディアン像を作り上げてみせたマ・ドンソク。マーベル映画『エターナルズ(原題)』への出演でハリウッド進出も果たしており、作品内でマブリーがどのような表情を見せてくれるか公開を楽しみに待ちたい。

 躍進目覚ましい韓国映画。観客の“笑い”を引き出すにはそれだけ周到に糸を張り巡らせておかなければならず、仕掛けに失敗すれば劇場の空気を冷やしてしまいかねない。それでも韓国映画のアクションコメディが「面白い」と断言できる理由は、やはり作りこまれた物語とキャストの演技力・存在感が一致しているからこそ。それだけのものを観客に提供できるように韓国映画界そのものがひたむきに成長を続けていた結果であり、世界基準のエンターテインメントとして評価される確固たる証拠ではないだろうか。

■葦見川和哉(あしみがわ かずや)
映画/映画音楽ライター。子どもの頃から映画を観て育ち、竜巻を題材にした『ツイスター』で映画好きの血が完全覚醒。同時に映画音楽にもハマり、サントラ収集がスタートする。好きな作曲家はハンス・ジマー、推し俳優はドニー・イェン。

■リリース情報
『スタートアップ!』
Blu-ray&DVD発売中

●Blu-ray
価格:5,280円(税込)
仕様:2019年韓国/16:9[1080p Hi-Def]/カラー/約102分/1層/1枚組/音声:韓国語DTS-HD Master Audio5.1chサラウンド/字幕:日本語字幕

●DVD
価格:4,290円(税込)
仕様:2019年/韓国16:9LBアメリカンビスタ/カラー/約102分/片面1層/1枚組/音声:韓国ドルビーデジタル5.1chサラウンド/字幕:日本語字幕

【映像特典】(約6分)
・マブリーの面白モーメント
・撮影舞台裏
・HE'S COMING~スペシャル予告
・日本版予告編

出演:マ・ドンソク、パク・ジョンミン、チョン・ヘイン、ヨム・ジョンア、チェ・ソンウン、キム・ジョンス
監督・脚本:チェ・ジョンヨル
製作総指揮:キム・ウテク
製作:カン・ヘジョン
撮影:イ・ヒョンビン
編集:イ・ガンヒ
音楽:モグ
武術監督:ホ・ミョンヘン
発売元:クロックワークス
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
2019年/韓国/102分/カラー/ビスタ/5.1ch/日本語字幕:松本庭美/英題:Start-Up
(c)2019 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.
公式サイト: http://klockworx-asia.com/startup/

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