『ミナリ』でアカデミー賞ノミネート スティーヴン・ユァン×ユン・ヨジョンのこれまで
その『ミナリ』の中で、スティーヴン・ユァン演じる義理の息子と家族であるはずなのに、ほとんど会話をすることのなかったユン・ヨジョン演じるスンジャ。この作品の中でも、「おばあちゃんらしくないおばあちゃん」として、一家の長男と最初は打ち解けられないでいたが、次第に彼に受け入れられる様子が描かれていた(長男に受け入れられると見える時点でその関係性の歪さが言えるようだが)。長男が「おばあちゃんらしくない」という通り、ステレオタイプなおばあちゃんではないのだが、それでも、日本に暮らした自分からしても「実はおばあちゃんって単に優しいだけでなく、こういうところがあったな」と思い起こさせるリアリティがあった。
ユン・ヨジョンは1947年生まれ。1966年から活動を始め、キム・ギヨン監督の『火女』や、朝鮮王朝の三代悪女のひとりを描いたドラマ『張禧嬪』で主演を務め活躍。その後、結婚してアメリカに渡り、南部で9年を過ごしたが、その経験は『ミナリ』にも少しではあるが反映されているという。
アメリカから戻ったユン・ヨジョンは、韓国の映画やドラマ界に戻り、数々の母親役やおばあちゃん役を演じた。
個人的に記憶に残っているのは、2005年に韓国で視聴率40%を超えたホームドラマ『がんばれ!クムスン』のヒロインと2人で暮らすおばちゃん役で、この頃からすでに、「おばあちゃんらしくないおばあちゃん」であることで、逆にリアリティのある庶民的なおばあちゃんを演じていた。
2016年のドラマ『ディア・マイ・フレンズ』は、韓国の「おばあちゃん」や「おじいちゃん」を演じる俳優たちが一堂に会した作品。誰一人としてステレオタイプではないが、普段は焦点の当てられることのない「おじいちゃん」「おばあちゃん」の悲喜こもごもが生き生きと描かれていて、さすがは韓国の名脚本家、ノ・ヒギョンの作品と思わせるものだった。ユン・ヨジョンは、お金持ちの独身のおばあちゃんで、そのお金目当てで、若い芸術家たちに「姉御」と持ち上げられている役であった。
ユン・ヨジョンは、ホン・サンス監督作の『3人のアンヌ』では、大学で民俗学を教えているという役を演じ、また『自由が丘で』では外国人も訪れるゲストハウスの主人を演じるなど、上品で文化的で洗練された、「おばあちゃん」以外の役も多い。また、キム・ギヨンの『下女』をリメイクした映画『ハウスメイド』では家政婦役を演じていたが、タバコを吸う姿に退廃的な空気が感じられ、低くハスキーな声からも、人生の厚みや、ただものではない雰囲気が漂っていたりと、その役柄の幅は広い。
今年に入って日本では『藁にもすがる獣たち』や『チャンシルさんには福が多いね』でも彼女の姿を観ることができた。特に『チャンシルさん』では、主人公の映画プロデューサーが住む家の大家さんとして登場。大家さんが主人公に投げかけるなにげない一言で、映画が変化していったりするし、またこのふたりの世代を超え、家族とも違う関係性も印象に残った。
『ミナリ』は、ただストーリーを追うだけで見えるものよりも、俳優のこの表情や台詞には、どんな意味があるのだろうと思わせるものの方が多い作品でもあった。そう見えたのは、スティーヴン・ユァンとユン・ヨジョンの俳優としての深みがあったからではないだろうか。
■西森路代
ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクション、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。
■公開情報
『ミナリ』
公開中
監督・脚本:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ
配給:ギャガ
上映時間:115分/原題:Minari
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公式サイト:gaga.ne.jp/minari