今や親子2世代のヒーローに 『ゴーゴー仮面ライダー』から振り返る、昭和ライダー映画

 平成の仮面ライダーシリーズ、いわゆる平成ライダーの頃から毎年夏と年末公開の定番プログラムとして根付いている、東映配給の仮面ライダー劇場用作品。間近なところでは2020年12月に『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』と、『劇場短編 仮面ライダーセイバー 不死鳥の剣士と破滅の本』の2本立てが公開された。今でこそ毎年必ずといって良いほど上映されているお馴染みのシリーズものではあるが、継続的な歴史面から見ると、幾度か流れが途切れた時代がある。

 最初の仮面ライダー映画は1971年に公開された『ゴーゴー仮面ライダー』で、これは当時のテレビ作品『仮面ライダー』(1971~1973年)の第13話「トカゲロンと怪人大軍団」を改題した作品だった。とはいえ、単にテレビ放送用フィルムを上映したわけではなく、35mmフィルムに引き延ばす工程を経て、劇場のスクリーンで見栄えするよう手をかけている。テレビの実写ヒーローやアニメ番組を映画の上映作に仕立て直したものを映画興行界ではブローアップと呼んでおり、昭和の仮面ライダー映画にはこういったブローアップ作品が数本存在する。複数の短編映画を同時上映する東映の児童向け興行・東映まんがまつりの1本だった『ゴーゴー仮面ライダー』は好評を博し、翌年からは完全新作の映画になった。

『仮面ライダー対じごく大使』(c)石森プロ・東映

 新作映画の皮切りとなる『仮面ライダー対ショッカー』(1972年)は、当時のテレビシリーズで長らく欠場していた藤岡弘、が、大怪我からのカムバックを果たした時期の映画だ。仮面ライダー1号、2号の揃い踏みと、シネスコのスクリーンを埋め尽くす28体の再生怪人軍団の名乗りが子どもたちを魅了した。続く『仮面ライダー対じごく大使』(1972年)は静岡県の富士山周辺や朝霧高原の地方ロケ作品。再生怪人軍団の登場はもちろん、ヘリコプターからの空撮や、ライダーと怪人のオートバイ戦、複数の馬を用いた騎馬戦など工夫を凝らした画面が続き、34分という上映時間ながら見どころは多い。

『仮面ライダースーパー1』(c)石森プロ・東映

 この後、四国ロケを敢行し、派手な爆発とアクションが目を惹く『仮面ライダーV3対デストロン怪人』(1973年)、歴代5人の仮面ライダーが勢揃いする『五人ライダー対キングダーク』(1974年)、6年ぶりに制作され、原作者の石ノ森章太郎が総監督を務めた『仮面ライダー 8人ライダー対銀河王』(1980年)、拳法使いの怪人たち地獄谷五人衆と、赤心少林拳の使い手スーパー1の戦いを描いた『仮面ライダースーパー1』(1981年)といった具合に、映画独自の見せ場を仕掛けた新作映画が定期的に公開された。数年のブランク後にテレビで復活した『仮面ライダーBLACK』(1987年)の劇場用作品2作『仮面ライダーBLACK 鬼ヶ島へ急行せよ』、『仮面ライダーBLACK 恐怖!悪魔峠の怪人館』(共に1988年)をもって、昭和の仮面ライダー映画の流れは区切りを迎えることとなる。