今泉力哉監督と考える、日本映画界の現状 作家にとって理想の環境はいかにして作られる?

今泉力哉監督と考える、日本映画の今

「これからの映画のあり方は否が応でも変わる」

ーー脚本家であり、監督であるという立場からすると、その時の体験って、実はそれなりに貴重なものだと思うんですけど。今泉監督の作風とはちょっと離れるかもしれませんが、それが今後創作に活かされるようなことはありそうですか?

今泉:あったとしても5年後とかじゃないですかね。俺は作品に「今」感だったり「時代性」だったりっていうのを極力取り入れないようにしてきたんですよ。恋愛ものが多いっていうのもありますけど、それを考えるのはプロデューサーとか宣伝の仕事だと思っていて、自分はそういうものにすごく慎重なんです。「今」感って、つまりは廃れるものだと思うから。それでも、作品を撮っていればどうせ、その時の風俗とか時代のようなものは自然と映ってくるから、そこを無理に排除するつもりはないんですけど、その程度でいいと思ってるんです。逆に、時代性だとか社会性だとかを作品に取り込むとしたら、『his』でLGBTQの問題を取り扱ったように徹底して意識的にやらないといけないと思っていますね。だから、コロナや今の世の状況を扱うとしてもだいぶ先になりそうです。それは、2011年の3.11の時にも思ったことですね。

『his』(c)2020映画「his」製作委員会

ーーそっか。『退屈な日々にさようならを』では福島も舞台のひとつでしたけど、あれは2017年の作品でしたね。

今泉:地元が福島なので、当時は東京にいたとはいえ、いろいろと思うこともあったんですけど。やっぱり作品に反映できるようになるまでには時間がかかりましたね。例えば、演者がマスクをするかしないかの問題にしても、表情がどれだけ削がれるかとかはやってみないとわからないし、まだ自分の中にはそういう解決策が思い浮かんでなくて。登場人物の接触の描き方も含めて、本当に難しいですよね。

ーーでも、この生活って2020年だけのことではなさそうだということに、だんだんみんな気づき始めてもいますよね。

今泉:そうですよね。例えば5年後とかに、2020年や2021年を描くとしたら間違いなくマスクは必要になってくるんでしょうけど。いや、ちょっとまだわからないですね。結局、そこで何を描くかっていうことが重要なわけだから。自分は作風っていうだけでなく、実際にもともと政治的なことにも関心が薄い方なんですけど、それでもさすがに2020年はいろいろ思うことがありましたね。たくさん呆れたし、むかつきましたし。とにかく、これからの映画のあり方は否が応でも変わるでしょうね。

ーーそうですよね。この1年、映画関係者や映画館が置かれてきた状況も含めて、2020年は日本映画界全体にとって一つのターニングポイントになったのは間違いないですよね。ミニシアターを救うためのクラウドファンディングが盛り上がった一方で、労働環境の問題が大きくメディアでも取り上げられるようなこともありましたし。

今泉:これは理想論かもしれないですけど、自分がやりたいのは、『愛がなんだ』で初めてテアトル新宿に来たお客さんがたくさんいた、みたいな、そういうことなんですよね。映画の送り手側が目線を下げるということではないんですけど、やっぱりもっと映画を見やすいものにしたり、見やすい環境をつくったりっていうことが必要なんじゃないかって思うんですよ。昔のミニシアター文化って、もうちょっとファッションに近い場所にあったりしたじゃないですか。

『愛がなんだ』(c)2019 映画「愛がなんだ」製作委員会

ーーそうですね。自分がシネ・ヴィヴァン六本木で働いていた90年代前半は、まさにそういう時代でした。

今泉:自分も渋谷のミニシアターで3年半くらい働いていたんですけど、その時はもうそういう時代が終わりかけていて。自分が働いているあいだにも、次から次へとミニシアターが閉館していった。自分は地方出身なんで、東京のミニシアターが本当に時代を牽引していた時期というのをちゃんとは知らないんですけど、近年もミニシアターからヒット作が生まれるようなことってたまにあるじゃないですか。『アナ雪』とか『天気の子』とか、今で言うと『鬼滅の刃』とか、普段はそういう映画しか観ないような観客が、何かがきっかけとなってミニシアターに来てくれる。で、そういう人たちもちゃんと面白がれて、映画をたくさん観ているコアな人は、より楽しめる。そういう作品がもっと出てこないと厳しいんじゃないかって、俺はずっと思っていて。

ーーまさにそれこそ今泉監督がやろうとしていることで、実際に何度か実現してきたことですよね。

今泉:それでも、まだまだできていないとは思うんですけど。でも、間口を広げると薄くなるという見方もされがちで、映画好きからはもっと強度のようなものを求められるから、そこが難しいところですよね。話してて思いましたけど、やはり、俺はそこで生きていくのが宿命なのかもしれないですね。「デジタル世代の悪しきなんとか」「ゆるく」「かるく」「覚悟なく」(笑)。でも、観客を混ぜたいっていうのは本音で。シネコンとミニシアターとの、また、あまり映画館に行かない人とシネフィルとの垣根をなくしたい。せめて低くしたい。労働問題にしたって、今まで自分の作品の現場でそういうことが一度も起こってないとは言えないですしね。

ーー自分も、日本映画を取り巻く環境の悪化に加担してるかもしれない?

今泉:もちろんその自覚は持っていなければいけないと思います。例えば、出資してくれる側が「地味な話だけど今泉さんだからやりましょう」と手を挙げてお金を出してくれる。とはいえ地味な題材なので、そんなにお金はかけられない。で、俺や今泉作品であるということをハブにして、スタッフ側は「普段この金額では引き受けないけど、今泉さんだからやってやるか」という形で集まるとします。これ、やっぱり健全ではないですよね。俺が映画をつくることで辛い思いをする人が生まれる可能性がある。そういうことを考えた時、俺はもう映画をつくらないほうがいいんじゃないかな、とまで考えたりもしました。出資者にも現場スタッフにも俺が甘えた上で映画が生まれている。これって、視点を変えたら労働問題そのものなんじゃないかなって。そう考えると、出資者もスタッフも同じ人たちとばかりやることは良くない部分もあるのかな、とか。いろいろ考えてます。

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