アニメにおける「映画とは何か」という問い 2020年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】

2020年を振り返るアニメ座談会【後編】

2つの作品を送り出した湯浅政明監督

ーー2020年に印象的だった監督でいうと、湯浅政明監督も『映像研には手を出すな!』『日本沈没2020』と2本の作品が話題になりました。

杉本:サイエンスSARUを辞められて、今後どうしていくのか非常に気になりますけど、2020年も旺盛にお仕事されていました。『映像研』は素晴らしかったです。

『映像研には手を出すな!』(c)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会

藤津:『映像研』は、原作の読み込みと、アニメ的に面白いところが全部足されているので、すごくいいバランスだなと思いました。

杉本:一方で、『日本沈没2020』はどう思いましたか?

藤津:僕は、ゴールはいい作品だと思いました。ただ、湯浅監督は考えていることがユニークなところが魅力なので、脚本家の方でしっかりそれをキャッチした上で、うまく組み込んだほうが上手くいくと思うんです。その点、『日本沈没』の場合は、普通に考えたら観客が細かくひっかかるようなアイデアも、そのまま描いてしまっているようにも感じました。例えば、『DEVILMAN crybaby』のときは、物語に小骨が入りそうなとき、脚本の大河内一楼さんが、小骨を抜きつつ監督のやりたいことをやれるように腐心していた印象があります。なので、今回はその塩梅がうまく効いていなかったのかなと。ただ、ゴールに関してはとてもよかったと思います。『日本沈没』をいま作ると考えたときに、沈没したあとに日本の民族が世界中に散りましたというラストでいいのかということが、まずあると思うんです。そうすると、「沈没しない」という2006年版実写映画のアイデアもあるわけですが、そうではなく、沈没してもなお、日本というものがあるとしたらということを、オリンピック的なイベントと絡めて描かれていたので、すごくいいアイデアだなと思ったんです。

『日本沈没2020』(c)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners

渡邉:僕は、湯浅さんは大好きな作家なので、基本的に、すごく点数が甘いです(笑)。確かに、ネットではいろいろ書かれていましたけど、個人的にはポジティブな感情を持ちました。リアルサウンドの円堂都司昭さんのレビューとかが指摘していたような後半の作画が崩壊していくような様子も、どんどん抽象的になって壊れていく物語の進展とすごくシンクロしている感じがしましたし。しかも、おそらく制作当初は、東日本大震災から9年、10年経って、震災以降の世界のもう一つの可能性みたいなものを描きつつ、本当だったら、堅実に東京オリンピックが現実に開かれて、物語でも東京オリンピックのラストでシンクロして終わるはずが、現実がまた反転してしまって、その東京オリンピックもコロナという災厄でその年の開催がなくなってしまった。現実とアニメがARのようにぐちゃぐちゃになるという意味では、作品の力そのものではないと思うんですけど、今年あれがNetflixで配信されて、それでこの物語かというなんとも言えない迫力はあったんですよね。

藤津:その迫力は確かにありました。

杉本:僕はまず第一に、3.11後に描かれる『日本沈没』はどんなものか、という視点で観ていたんです。前半数話で死んでいくキャラクターと、中盤から後半にかけて死んでいくキャラクターの扱い方が全然違うことが気になりました。最初の方に死ぬお父さんさんかは、無駄死にとも言えるような、偶然死んだみたいな感じですよね。他にも富士山のガスであっさり死ぬ人もいました。でも、後半になると、そういう不条理な死は鳴りを潜めて、ヒロイックな死が増えていきますよね。この扱い方の違いはなんだろうと、ずっと考えてしまったんです。僕らは、3.11を体験して、やっぱり人間の力は自然の脅威には敵わないことを痛感しました。3.11の後に個人の英雄的な行動であれだけの脅威に対抗できると考えるのは、個人的には楽観的すぎると感じてしまったんです。そういう意味では、自然の脅威の前に、物語前半で描かれた死のように延々と不条理に人が死んでいくという展開で、それでいてなお娯楽映画として成立していたら、とてつもない傑作だろうと思いますが。水木しげるさんの『総員玉砕せよ!』じゃありませんが、ほとんどの人は英雄的に死なないと思うので。

藤津:不条理な方がね。

杉本:もちろん、前半のあの調子で全10話をエンタメとしてやるのは相当難しいことはわかりますけど(笑)。でも、湯浅さんという才能は、日本の商業アニメの世界では非常に特異な存在です。2021年公開予定の『犬王』の後に充電期間に入るそうですけど、今の日本の商業アニメの市場の中で、湯浅政明という才能をどうやったら生かせるのかをきちんと考えないといけない気がしています。

藤津:2020年、海外からいろいろなアニメ映画が入ってきましたが、なぜ海外であのように作家性の強いタイプのアニメ映画が作れるかというと、日本とはビジネスの組み立て方がたぶん違うから企画が通るわけですよね。国の助成を含めていろいろな制度で、企画を支える仕組みがあるから、例えば『ウルフウォーカー』といった作品は成立している。そう考えたときに、日本でも、興行の成功を前提とした企画とは別に、多様な作品が生まれるオルタナティヴな回路があったほうがいいなと思っていて。湯浅さんはおそらくその回路があれば、もっと自由度があがって攻めていけると思うんです。世界中に湯浅さんが作るような映画を待っている人はいるはず。なので、そこに向けて、日本の国内も含めて、一緒に世界を一体化する回路を作れればいいのになと思っています。

『ウルフウォーカー』(c)WolfWalkers 2020

杉本:市場の多様性に加えて、資金調達制度の多様性が必要ですね。そういう意味では、『音楽』にヒットは少し明るい材料なのかなと思います。

藤津:『音楽』も7年かかって作っているということですから、すごい手弁当ですよね。

渡邉:本当に素晴らしかったですね。

杉本:海外アニメーションの公開が増えてきていることも含めて、オルタナティブなアニメーションの市場が、国内においてもちょっとずつ増えてきている印象です。海外に市場を広げるという点では、Netflixのアニメ戦略がやはり気になるところです。

藤津:産業の成長性ですよね。

杉本:政府のクールジャパン構想で、アニメの市場がどれくらいひろがったのかよくわかりませんが、代わりにNetflixが日本のアニメ史上を広げてくれていると状況になっています。Netflixのアニメ部門チーフプロデューサーを務める桜井大樹さんのインタビューを読んだら、Netflixにおけるアニメの再生数が前年比で50%増くらいになっているらしいんですよね。でも、それは日本製のアニメだけじゃなく、『ゼウスの血』や『悪魔城ドラキュラ -キャッスルヴァニア-』のような、いわゆるアルファベットで書く「Anime」も含めてのことのようです。今年以降、フィリピン製のアニメも配信するようですし、MAPPAはアメリカ人監督と組んで制作しますから、アニメを巡って新しい流れが出てきますね(参照:日本アニメの「メジャー化」宣言、Netflixが挑むアニメ産業の“再生”の道筋|WIRED)。

藤津:思ったよりも、Netflix経由で観られているのは、ある意味驚きです。さっき言った、ローカルなものに対して、世界中に少しずつファンがいて、それがビジネスになっているのは、やはり配信が一番繋いでくれているからなんですよね。また、Netflixでいうと、洋ドラ的なものを観るのが好きな人は、日本のアニメと相性がいいんだろうなと感じます。日本のアニメは、連続ストーリーで、設定が少し凝っており、1ネタ入ってるものが多いので。とはいえ、世界中がコロナでもやもやとして配信産業が伸びているものの、Netflixだけが全額出資しているわけではないので、産業が落ち込み景気が悪くなると、アニメ産業も当然影響を受けますし、その辺りがどうなるのかは本当にわからないなと感じます。

杉本:世界の映画市場がコロナの影響で70%減という厳しい中で、配信だけが一人勝ちしている状況です。配信シフトでアニメ関連で重要な動きは、ソニーがCrunchyrollを買収したのも大きくて、ハリウッドのメジャースタジオがどんどん自前の配信サイトを持つようになってきた流れに追随しています。そこで、僕がまだわからないのは、日本アニメの市場はあとどれくらい広げられるのだろうということです。

藤津:僕の実感だと、まだ伸びしろはあると思っていて。なぜかというと、世界で日本で放送中のアニメが日常的に観られるようになったCrunchyrollとテレ東の協業から、まだ10年ぐらいしか経っていないんです。ここ3年〜5年くらいで、NetflixやAmazon Prime Videoが力を入れて、網羅的に観ることができるようになったので、まだ歴史としては短いんですよね。

杉本:2019年も引き続きアニメ産業が伸びていましたけど、まだまだ伸ばせるかもしれないということでしょうか?

藤津:ファンの数は増えるかもしれないですけど、映像がどれぐらい売れるかは、全体の経済状況に拠ってくるなと。ただ、ファンの伸びしろが十分にあるので、そういう意味では、Netflixの中でよく観られるみたいなことが起きると思うんですけど、海外の産業の中で、アニメがどれくらい稼いでくれるかはまだ未知数です。

杉本:世界中の映画館で、ハリウッド映画の供給が止まっているので、番組に大きな穴が空いているはずなんです。なので、今こそ世界に売り込んでいく時だと思います。おそらく、中国や韓国の映画館はそういうことをやっているんだろうなと思うんですけど(※大作アニメ『ナタ転生』の日本公開がこの座談会後に決定したが、ハリウッド映画のない今、映画館としては助かるだろう)、その穴埋めに日本アニメもどんどん参加していってほしいです。それはきっと将来の市場拡大につながるはずなので。

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