『羅小黒戦記』の“したたかな表現手法” 中国アニメが大規模公開される日も近い?
また、共産圏国家の作品ならではの作劇に注目したい。中国国内で制作され、一般上映される作品は全て検閲されることは広く知られており、当然今作も検閲を受けている。多くの映画はその時代の文化・生活・価値観を記録する重要な資料であると言われているが、検閲の結果、失われてしまう表現もあることは容易に想像できる。しかし今作からは、中国の検閲をパスしながらも語りたい表現があるのではないかと匂わせる。
物語の中盤で電車内での格闘シーンがある。ここは中国らしい、仙人と妖怪の仙術アクションが堪能できるのだが、その結果、電車は高架下へと落下してしまう事故を起こす。この描写からは2011年に発生した温州市鉄道衝突脱線事故を連想させる。また後半では町1つがなくなるほどの大きなクレーターができるのだが、こちらは2015年に天津市で発生した倉庫爆発事故を連想させる。
作中の事故は全て仙人と妖怪の間で引き起こされたことになっている。この描写に中国共産党への糾弾が含まれているのか、あるいはそれらの実在の事故が仙人と妖怪によって引き起こされたものだと演出しているのか、それとも特に意図はなく単なる物語上の描写に過ぎないのか。いかようにも解釈が可能だろうが、近年の中国の大きな事故を記録し、描写し、物語を通して後世に伝えようとする意図があるようにも感じられる。中国のことわざ「上に政策あり、下に対策あり」の通り、共産圏の検閲下における、したたかな表現手法と言える。
今作は吹替版であり、主演のシャオヘイ役には中国でも高い人気をほこる花澤香菜をはじめ、宮野真守、櫻井孝宏などの人気声優たちが多く起用されている。原語にてシャオヘイ役を演じた山新の演技も素晴らしく、衝撃を受けたのだが、その魅力を引き継いだ演技をしていたのが印象的だ。本作がソフト化などされた際には、中国の熱心な日本アニメファンからもその吹替版を求めて、逆輸入の形で再ヒットすることを期待する部分もあるのではないだろうか。
同時に、中国語から日本語へ吹き替えを制作する難しさも感じられた。原語版では、中国語の早口なセリフに加え、セリフに対して字幕が多い印象を受けた。吹替版は字幕版と比べると、セリフの間や文章が短く、簡潔な表現になっているように感じられた。特にアニメーション作品の場合、英語圏の作品に比べると中国語→日本語に吹き替えがなされることは多くない。慣れない環境下で原語の音の尺と合わせながらも、近い意味を模索しながらキャラクターを魅力的に演じる試行錯誤の跡を感じた。
中国のアニメーションは、すでに世界的にも屈指の高クオリティで知られている。また日本の影響を多く受けており、日本独自に進化した<アニメ>に近い印象を受ける作品も多い。中国アニメがアメリカのアニメーション映画と同じように大規模で公開され、多くの日本人に愛される……そんな日がそう遠くないことを告げる作品になったのではないだろうか。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■公開情報
『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』
全国公開中
原作・監督:MTJJ
プロデューサー:叢芳氷、馬文卓
副監督:顧傑
脚本:MTJJ、彭可欣、風息神涙
制作会社:北京寒木春華動画技術有限公司
<日本語吹替版>
キャスト:花澤香菜、宮野真守、櫻井孝宏、斉藤壮馬、松岡禎丞、杉田智和、豊崎愛生、水瀬いのり、チョー、大塚芳忠、宇垣美里
音響監督:岩浪美和
音響制作:グロービジョン
配給:アニプレックス、チームジョイ
(c)Beijing HMCH Anime Co.,Ltd
公式サイト:https://luoxiaohei-movie.com/
公式Twitter:@heicat_movie_jp