智彦の背中を押した、吟のまっすぐな言葉 『エール』戦争から3年、前に進み始める人々

 先週放送されたNHKの連続テレビ小説『エール』第19週では、裕一(窪田正孝)が音楽の道へ復帰した。そして第20週の初日、元軍人で吟(松井玲奈)の夫である智彦(奥野瑛太)もまた、新たな一歩を踏み出した。

 出世志向が強い軍人だった智彦にとって、敗戦は大きな挫折だった。第19週では、元将校としてのプライドから職探しが難航するシーンもあった。ラーメン屋で働き始めた智彦だが、軍人時代の元同僚から誘われ貿易会社へ勤めることに。しかし智彦は、ラーメン屋を見下すような同僚の言葉に怒りを抱き、自身の生き方を考えるようになる。

 これまでの智彦は、社会的地位を上げることにこだわり、妻である吟にも「理想的な軍人の妻」を求めてきた。智彦と吟が対峙するシーンはいつも緊張感が漂っていて、お互いに支え合う裕一や音(二階堂ふみ)とは異なる夫婦像だった。けれど二人は決して不仲だったわけではない。吟は戦中も戦後も、夫に向き合ってきた。

 ケン(浅川大治)のことが放っておけず、家に連れ帰ってきた後、智彦と吟はお酒を嗜んだ。「お前……そんなにいける口だったのか」と驚く智彦と恥ずかしそうに笑う吟の姿は感慨深い。時代や当時の立場が、お互いに向き合う機会を減らしていたのだろう。けれど二人は今、少しずつお互いの気持ちに向き合っている。智彦の心情を察し、吟は「お願いします。今日はちゃんと話して下さい」と促した。吟のまっすぐな言葉が彼の背中を押す。

「人のために命を燃やせるのがあなたの誇り。私はそう信じて、あなたについてきました」「貿易会社でもラーメン屋でもどちらでもいい。その生き方ができる選択をしてほしい」

 吟の言葉を受けた後の、奥野の涙をこらえるような表情が印象的だった。変わらぬ思いで夫を支え続けた吟の心が伝わったように感じられる。「ありがとう」と頭を下げる智彦の姿と、ほっとした表情を見せた吟の優しい横顔から、彼らのあたたかな未来が垣間見えた。そして智彦はラーメン屋の店主となることを選んだ。

 裕一が池田(北村有起哉)と話しているとき「今の僕がいるのは周りにいる人たちのおかげ」と言っていたが、智彦にとっては、彼にラーメンの作り方を教えてくれた天野(山中崇)やケン、そして吟がその人たちだった。

 古山家にラーメンをふるまう智彦と吟とケンの笑顔が心にしみ入る。戦争から3年、人々がそれぞれの道を見つけ、前に進み始める姿を象徴する回となった。

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、中村蒼、山崎育三郎、森七菜、岡部大、薬師丸ひろ子ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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