『賢い医師生活』世界的人気の理由を探る 『応答せよ』シリーズから『はちどり』との関連まで
推しカップルを“Ship”する世界のファン交流
韓国ドラマは中国、中東、南米などに輸出され高い人気を誇ってきたが、明らかなゲーム・チェンジャーとなったのは、Netflixによる世界190カ国への配信。『賢い医師生活』のファンは世界中に広がり、ファンアートや二次創作も盛ん。韓国語だけでなく英語の二次創作も多い。放送終了後も英語版のフォーラムやSNSが盛り上がり、各カップルの推しがそれぞれの考察や展望を語っている。
こういったファンの行動を英語では“Ship(Relationshipからきている新語)”と呼び、1995年ごろ『X-ファイル』(1993年~2002年)のファンの間で使われ出し、『ハリー・ポッター』のファンの間でも熱い議論が繰り広げられた。『賢い医師生活』に限らず、世界中の韓国ドラマファンは、韓国語でしか出ていない情報をボランティアで英訳したり字幕をつけたり、オンライン上のファンの交流が温かい。『応答せよ1997』のシウォン(チョン・ウンジ)は釜山の高校生で、好きなアイドルの二次創作小説を書き、その才能によって放送作家になる、まるでウジョン氏の分身のようなキャラクターだ。スージン氏は「私が育った釜山は日本から近いこともあって、日本文化の直接輸入が認められていない頃から、日本の音楽やアニメ、漫画などの流通があった。だから今でも日本の漫画やアニメが好きだし、当時を思い出すときに欠かせない」と言う。
韓国では、シン・ウォンホ監督とイ・ウジュン氏のドラマと、あだち充の漫画が想起させる感情との類似点が論じられていて、現在40代半ばで、80年代90年代に青春時代を送った彼らの記憶の中に当時韓国でも読まれていたあだち充や村上春樹の作品から得た感情が残っていても不思議ではない。音楽の効用と一緒で、当時感動したことや心を掴まれた感情が描かれているから、同世代の観客は懐かしさと失ってしまった感情に惹きつけられる。その感情が逆輸入されて、日本の視聴者が夢中になるのも自然なことだと言える。
人間関係に訪れる、一線を越える状況
『応答せよ』シリーズと比べると、『刑務所のルールブック』から画角もスコープサイズに変わり、映画的な演出表現が増えている。スージン氏は、「今作のテーマは“一線を越える(Cross the Line)”だと思う。人間関係でも行動でも、一線を越える状況を描いている。それが顕著だったのが、第10話のイクジュンとソンファが朝食を食べるシーン。2人は家事をする動きで、お互いの境界線を行ったり来たりする。カメラは窓の外から映し、雨が2人の間の線をかき消す。これはシン・ウォンホ監督のストーリーボードに描かれている演出なのか、イ・ウジュンの脚本に書かれていたのかはわからないけれど」と解説する。
『応答せよ』シリーズは、30代40代になった主人公たちが、今の自分がある状況に対し「応答せよ、私を作り上げた時間たち。あの時の気持ちや決断は正しかったんだよね?」と肯定する物語だった。そして、ウジョン氏は企画で脚本は書いていないが、『刑務所のルールブック』は一線を越えたが故に塀の中に入る仲間の話だ。『賢い医師生活』の彼らが越える一線は、仕事でも、恋愛でも、友情でも、親や家族との関係でも、さらに複雑だ。だが40歳の彼らは、レジデントやインターン、患者とその家族から影響を受け、小さな選択を重ね日々変化し続ける。過去の自分は確かに失われてしまったものかもしれないが、当時の音楽や読んでいた漫画に感動した想い、かけがえのない友情などを思い出し、それを糧に成長することもできる。『賢い医師生活』が『応答せよ』シリーズと異なり現在を描く分量が多いのは、クリエイターの彼ら自身を含め、主人公たちが過去の想いをノスタルジーで終わらせずに、前に進むことに挑戦しているからなのだろう。