純粋な恋愛と純然な映画についての物語 “3人目の主人公”による『劇場』の仕掛け

 9月に公開を予定している同じく行定勲監督による『窮鼠はチーズの夢を見る』と本作が”対”となる映画であるとすれば、一つにはどちらも「部屋の映画」であるところに由来するだろう。『窮鼠』の男同士の関係において、彼らが街を歩くときに人目を気にして瞬時に離れる描写からも明らかなように、共に暮らす部屋がシェルターのような機能を果たしている。『劇場』の永田もまた、彼にとって外の世界は己の脆い自我が傷つけられる場所であり、沙希がいる部屋を逃げ場にしていた。『劇場』の2人も『窮鼠』の2人も、部屋を唯一の「安全地帯」とし、最後にはその部屋が「変化」することによって物語が結末を迎える。

「演劇ができることってなんだろうって、最近ずっと考えてた。そしたらさ、全部だったよ。演劇でできることは、現実でもできる。だから演劇がある限り絶望することはないんだ、って」。

 永田の言う台詞の「演劇」を、そのまま「映画」に言い換えてもいい。映画ができることは、きっと現実でもできる。映画がある限り、きっと絶望することはない。そんな映画に対する強い意志が波打つ『劇場』の製作背景として、新型コロナウイルスにより公開が延期され、劇場と配信サービスでの同時公開の運びとなったことは触れておかなくてはいけないだろう。さらに、本作が描かれる主題によって「部屋」での鑑賞にも「劇場」での鑑賞にも、それぞれにおそらく意味をもたらす映画であること、いかなる公開形態であったとしてもこの「映画」が「映画」であることの本質的な価値は一向に損なわれないこと、それでもなお劇場で鑑賞されることが何より望まれているであろうことは、ここに付言しておきたい。

※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記

■児玉美月
映画執筆家。大学院でトランスジェンダー映画の修士論文を執筆。「リアルサウンド」「映画芸術」「キネマ旬報」など、ウェブや雑誌で映画批評活動を行う。Twitter

■公開・配信情報
『劇場』
ユーロスペースほかにて公開中、Amazon Prime Videoにて配信中
出演:山崎賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、上川周作、大友律、井口理(King Gnu)、三浦誠己、浅香航大
原作:『劇場』又吉直樹(新潮社刊)
監督:行定勲
脚本:蓬莱⻯太
音楽:曽我部恵⼀
配給:吉本興業
(c)2020「劇場」製作委員会
公式サイト:https://gekijyo-movie.com
公式Twitter:https://twitter.com/gekijyo_movie0417

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