韓国のトレンドにマッチしたストーリー

　今、韓国では、恋愛ドラマの視聴率が軒並み伸び悩み、“脱ラブストーリー化”が進んでいる。“人は人の奇跡になりうるのか”という一貫したメッセージを温かな感性で描いた『椿の花咲く頃』や、これまでの医療ドラマとは全く違う観点で医師たちの日常を描いた『賢い医師生活』といった、派手な演出やどんでん返しなストーリーではなく、骨太シナリオで人々を感動させるヒューマンドラマがトレンド傾向にある。非現実的な物語ではなく、視聴者がどこかで“共感できる”リアリティが今ドラマに求められているのだ。『愛の不時着』は、純愛を描きながらも北朝鮮というテーマを扱ったことにより、その“リアリティ”がしっかりと視聴者に届いた、例外的ヒットと言えるかもしれない。

　この今のトレンドを絶妙に抑えつつある作品が『サイコだけど大丈夫』なのだろう。第1話から独特な童話の世界観と圧巻の映像美で、一見すると非現実的なファンタジーなのか？と思いがちだが、根の部分はステレオタイプの普遍的な、実にリアリティのある深いヒーリングストーリー。序盤はどこに向かうのか全く予想がつかず、典型的なロマンスドラマではないストーリーの斬新さや新鮮さが、現地の視聴者からも注目されている。そして中盤に入りこのドラマ自体が訴えるメッセージが色濃く表現され、視聴者に刺さっているのが窺える。

　第3話に印象的なシーンがある。国会議員の父、母、兄姉、いとこも自身以外はみんなソウル大法学部出身の秀才という躁鬱患者ギドは、自分の父親の選挙の講演会場で暴れまくる。

「子供の頃からバカは俺だけ。でも俺のせいじゃない。ただ頭が悪く生まれただけだ。なのに殴ったりバカにしたり監禁したり。俺だって息子なのに。あまりにも無視されるからー俺のことも見てほしくて暴れ回っていたら、マジで病んでしまいました！」

　涙を浮かべて訴え、「俺を見て！　俺を見てくれ！」と大声で連呼するのだ。

　逆に表向きは“正常”であるガンテのような人間も、自閉スペクトラム症の兄に対する母親の愛情の偏りから、心に傷や孤独を抱えながら“正常”という鎧をかぶり、“これが自分の人生なのだ”と自分自身に言い聞かせ生きている。果たして何が「正常」で何が「異常」なのか。「多数」が「正常」になるのは、あまりにも危険なのではないか。今の社会は、言葉が通じず、理解できない存在は、“自分とは違う”、“おかしな人”だとどこかで線を引き区別してしまってはいないだろうか。人間は誰しもが複雑である。一言で“こんな人”だと説明できる人間などこの世には一人もいないのだ。

　本作は、皆弱い心や傷を隠すため、重い鎧をかぶらないと生きにくくなったこの現代に問題提起する。そして、生まれ持った性格、個性があったとしても皆同じ愛されるべき人間であり、あなたはあなたそのままで大丈夫という強いメッセージを投げかけているのだ。

　往年の韓国ドラマファンからは、既に本作が“最高の傑作になる予感しかない”という声も聞こえてくる。現代社会の問題を浮き彫りにした韓国ドラマの奥深さを知る、『愛の不時着』や『梨泰院クラス』の次に観てほしい一作として、おすすめしたい。

■Nana
韓国系のドラマ専門フリーライター。ドラマレビューサイト運営、「k-bord」にて執筆。Twitter

■配信情報
『サイコだけど大丈夫』
Netflixにて配信中
出演：ソ・イェジ、キム・スヒョン ほか
写真はtvN公式サイトより