伊藤健太郎の原点は『アシガール』にあった どんな役にもピタリとハマる“中庸さ”

 それまで名前を知らなかった俳優が、とんでもない才能の花を開かせる瞬間に出くわすことほど嬉しいことはない。ドラマ『アシガール』(2017年・NHK総合)で伊藤健太郎が放つ異彩を目の当たりにできた視聴者はラッキーだったし、伊藤にとって本作品は間違いなくブレイクスルーのきっかけになったと言っていいだろう。

 本放送がスタートした2017年9月の時点では、まだ旧芸名の「健太郎」名義で活動していた伊藤健太郎。モデルから転身して2014年に17歳でドラマ『昼顔』(フジテレビ系)にて俳優デビュー、その後出演作を重ねていたものの、「名刺代わり」と言えるほどの作品はまだなかった。

 人気漫画『アシガール』のドラマ化とあって話題を呼んだ本作品の制作発表の時点で、世間はまだ彼のことを「すでに実績のある若手女優・黒島結菜が演じるヒロインの“相手役”」としか認識していなかったのではないだろうか。ところが放送が始まるや、伊藤健太郎の圧倒的な存在感と演技力、「彼以外に若君の実写化はあり得ない」と思わせる説得力に引き込まれ、ドラマ中盤以降では誰もが「黒島×伊藤のW主演」と認識するようになった。

 あれから3年。今や主演ドラマ・主演映画が目白押し、押しも押されもせぬ人気俳優となった伊藤健太郎だが、新型コロナウイルスの影響により出演作が次々と公開延期の憂き目にあった今春夏、彼の最初の名刺的作品『アシガール』がアンコール放送され、その演技の“原点”を再確認することができた。

 第1話で、ヒロイン・唯之助こと速川唯(黒島結菜)が羽木家の若君・九八郎忠清(伊藤健太郎)と出会うシーンが忘れられない。若君の第一声「どこから参った?」に胸を射抜かれたのは唯のみならず。その気品あふれるオーラ、凛とした眼差し、一瞬で「ああ、これはまごうことなき若君だ」と納得させてしまう佇まい。「(この逸材)どこから参った?」はこっちの台詞だ。

 平成の女子高生が戦国時代にタイムスリップ、美しい若君に一目惚れして、彼を命がけで守るために足軽として奔走するという「どファンタジー」である。だからこそ、映像化するには登場人物一人ひとりを愛されるキャラクターとして屹立させ、その心情をよりリアルに、瑞々しく描かなければ茶番になってしまう。ドラマ『アシガール』は微に入り細を穿つ脚本・演出によってその重要課題を見事にクリアしている。台詞やナレーションで説明しすぎず、映像ならではの情感と豊かな行間にあふれ、胸キュン恋愛ドラマとして以前に、人間ドラマとして多くのメッセージが込められた作品だ。演者は心してかからねばならなかっただろう。

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