『エール』は“心優しいのび太の物語”? 「天才と、それを支える妻」のパターンを覆す
また、音が妊娠し、体調もメンタルも悪化して学校をやめることになっても、お酒を飲んでいたり、実家の経営の苦しさや父親の病気、実家を継いだ弟の苦悩など推し量ることができなかったりする、根っからののんきぶり。
何より、大人になってからの裕一は、困ったことがある度、音に、鉄男(中村蒼)や久志(山崎育三郎)に、木枯正人(野田洋次郎)に、すぐに「どうしよう~~~」と泣きついて、何とかしてもらう。
そんなのび太くんの一番の味方・音もまた、『ゲゲゲの女房』の布美枝や『まんぷく』の福子と違い、おおらかに見守るのではなく、情熱的で(悪く言えば短気で)、己の欲望に忠実だ。
夫を健気に支えるというよりは、ヘタレな主人公の身に起こるトラブルに対し、本人よりもカッカし、給料の件などでは率先して怒鳴り込み、力業でちゃっかり事態を改善させる。その姿は、ジャイアンにイジメられたのび太に泣きつかれ、仕返しするための道具を出すドラえもんのようでもある。
ドラえもんはのび太に対してあまり正論は言わず、気持ちに寄り添う。いつでも一番の味方で、すぐにカッとなって、やりすぎてしまうことすらある。
何より、音は、「裕一を支えるための人」じゃない。自分の好きなモノ、自分の時間が大切で、裕一とはあくまで対等な関係なのだ。
とはいえ、ヘタレな裕一の良いところは、優しいところ。夫として、父親としての裕一はとにかく優しいし、冒頭のエピソードのように、気づかぬうちに誰かに勇気を与えていたり、早稲田大学の応援歌を作ったときのように、誰かの心の痛みに共感し、それを音楽へのエネルギーとする「共感力の高さ」「優しさ」も持ち合わせていたりする。
そんな裕一の才能や、良いところを一番深く理解し、信じているのも、やはり音だ。
基本的にダメダメで、「ズグタレ」と言われる、ヘタレで弱気なのび太的裕一だからこそ、その頑張る姿は、誰かへのエールとなる。また、困ったとき、悩んでいるときに、一人で抱え込むのではなく、誰かに助けてと言える、誰かの力を借りることができることは、今の時代に必要な能力のひとつかもしれない。
『エール』はそんなヘタレで弱気で優しいのび太と、最大の理解者で「相棒」ドラえもんの、ちょっと笑える、心優しい物語なのだろう。
■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。
■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、唐沢寿明、菊池桃子、中村蒼、萩原聖人、渡辺憲吉、加藤満、ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/