『愛の不時着』に散りばめられたいくつもの“共感ポイント” 物語を彩る“食”の風景も鍵に

 中でも、チョン・マンボク(キム・ヨンミン)という登場人物がいる。「北朝鮮ではネズミや鳥が人の話を聞いている。彼は“ネズミや鳥”みたいなものだ」と説明される彼は敵役であるチョ・チョルガン(オ・マンソク)の命令でジョンヒョクたちを盗聴する役割を担わされていて、前半こそ出番は少ない。だが、彼は「市井の人々」代表であり、我々ドラマ視聴者の代表なのである。

 彼と妻子との貧しいながらも幸せな関係は村の平穏を描く上でも重要であり、「耳野郎」と揶揄される盗聴という仕事に対して自分自身が葛藤しながらも、家族を守るために黙々と従事する姿は、働くお父さんの多くが共感せずにはいられないだろう。

 そしてもう一つ、彼には重要な役割がある。彼は、セリとジョンヒョク、そしてジョンヒョクの部下・第5中隊の仲間たちの会話(韓流ドラマの話やしりとりのフレーズに至るまで)を、業務として生真面目にメモし図解までして理解しようとする。まるでドラマを観ている我々である。時に主人公たちの無事に安堵し、会話に迸る愛に微笑む。

 さらには後半、それまで韓流ドラマオタクとしてセリとジョンヒョクの行く末を分析・解説・予想し続けてきたジュモク(ユ・スビン)も「聴く仕事」に加担することによって、第5中隊メンバー全員がセリの一族の複雑でドロドロな家族関係を、ドラマを観ているイチ視聴者のように視聴し、実況し、盛り上がるという現象が起こるのである。ジュモクをはじめとする第5中隊メンバーもそうだが、マンボクの存在は、視聴者をドラマの世界の一員として物語の中に引きずり込む役割を担っている。

 そして、何といっても魅力的なのは、彼らの物語を彩る「食」の風景である。「ブイヤベース以外の貝料理は食べたことがない」お嬢様セリが「甘い」と目を丸くする「貝プルコギ」と貝殻に注いで飲む酒。ジョンヒョクが淹れる二日酔いの朝のコーヒー。途中停車した電車の外で2人が暖をとりながら食べた焼トウモロコシ、ダンとスンジュンが食べる深夜の「特別な」ラーメン。皆で食べるチキンとビール。

 三口しか食べない孤高の「小食姫」セリも夢中で食べずにはいられない食べ物の味は、作る人の、大切な人を思いやる気持ちでできている。そしてその味は、物語上の北緯38度線どころか、ありとあらゆる国境を越え、心を通わせずにはいられない、温かく「甘い」味だったのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■配信情報
『愛の不時着』
Netflixにて配信中
出演:ヒョンビン、ソン・イェジン、ソ・ジヘ
原作・制作:イ・ジョンヒョ、パク・ジウン

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