まさにホップ、ステップ、ジャンプ ジム・ジャームッシュのアートフォームが確立された初期3部作

新作公開を機にジャームッシュ初期3部作を予習

 さて、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のブームとも言える世界的ヒットでジャームッシュは(本人の思惑とは別に)一躍時代の寵児となる。日本でもバブル時代を主な背景としたミニシアター・ブームの象徴的なスターとなった。また成功を果たした者に対する業界の常として、ビジネスライクな大人たち(ハリウッド)から『卒業白書』(1983年/監督:ポール・ブリックマン)のバッタモンのようなワケのわからない企画がどんどん舞い込んできたらしい。

 そういった浮ついた連中を撥ね除け、ジャームッシュが長編第3作として放ったのが『ダウン・バイ・ロー』だ。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 これまでのインディペンデント・スタイルの延長であることに変わりはないが、「ジャンプ」に相応しい様々な飛躍が見られる。まず大きいのは、撮影に『都会のアリス』(1974年)や『パリ、テキサス』(1984年)など盟友ヴィム・ヴェンダースの諸作を手掛けてきた名手ロビー・ミュラーを迎えたこと。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』に続くモノクロームだが映像は遙かに端正で、ジャームッシュ流のロングテイク(長廻し)も横移動のカメラワークなどに滑らかな快楽がある。なおショットの時間感覚に関しては、ジャームッシュが影響を受けた監督に『情事』(1960年)や『赤い砂漠』(1964年)などのミケランジェロ・アントニオーニを挙げており、『ダウン・バイ・ロー』を撮る前にもアントニオーニの諸作を観返したのだという。

 内容もミニマリズムを押さえながら無理なくスケールアップした。まず舞台がニューヨークではない。どこか幻想性を孕んだ米南部のニューオーリンズだ。ツキに見離されたラジオDJのザック(トム・ウェイツ)が冤罪で刑務所にぶち込まれる。彼は監獄でポン引きのジャック(ジョン・ルーリー)、そして変なイタリア人のロベルト(ロベルト・ベニーニ)と出会い、なんとなく意気投合した3人は脱走を企てる。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 作家の原型がゴロッと差し出された前2作に比べ、本作は随分わかりやすく面白い。決定的だったのは、のちに『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998年)の監督・主演で世界を席巻するイタリの喜劇俳優、ロベルト・ベニーニの投入だ。彼はジャームッシュの作品で初めて登場した「おしゃべり」のキャラクター。トム・ウェイツ&ジョン・ルーリーが醸し出すオフビートな「間」を、ベニーニが間抜けな饒舌、「オン」のビートでどんどん埋めていく。

 このトリオは「マルクス・ブラザーズ以来の強力アンサンブル」とも評されたが、ジャームッシュは本作を「ネオ・ビート・ノワール・コメディ」と自己規定している。確かにジャンル映画の枠組みも伺え、ベニーニが「逃げたぞ! アメリカ映画みたいだ!」とはしゃぐ辺りなど、『手錠のままの脱獄』(1958年/監督:スタンリー・クレイマー)などを踏まえたパロディックなおとぎ話のノリ。つまりジャームッシュの芸風――(1)も(2)も(3)も程良いバランスで次の位相に踏み出しており、柔軟にこなれている。「入門」的にはこれが一番おすすめかもしれない。

『ダウン・バイ・ロー』(c)1986 BLACK SNAKE Inc.

 なお章立ては設けられていないが、言わば「日常」「監獄」「逃亡」の3幕的な構成であり、その意味でも『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の普及版かつ応用形といった趣。同時に『ミステリー・トレイン』(1989年)や『デッドマン』(1995年)など、のちの作品に繋がる要素がたくさん詰まっている。ジャンル映画の批評的バリエーションという意味では『デッド・ドント・ダイ』にも近い。

 そして本作の冒頭では、ザック役を演じたトム・ウェイツの「ジョッキー・フル・オブ・バーボン」(1985年の名盤『レイン・ドッグ』収録曲)が印象的に流れる。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で数回使われるスクリーミン・ジェイ・ホーキンスの「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」や、『デッド・ドント・ダイ』におけるスタージル・シンプソンの書き下ろし曲「デッド・ドント・ダイ」も然り。作品のトーンを決定づける一撃必殺な音楽(楽曲)の使い方を、ジャームッシュ・スタイルの特長の(4)として付け加えたい。さらに(5)を付け加えるなら、彼の映画の登場人物の多くは彷徨えるストレンジャー(異邦人、ヨソ者)である、という主題の一貫だ。

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