松下洸平、朝ドラから久しぶりの“無名スター”に 今後は別畑から実力派起用も増える?

松下洸平が吹き込んだ目新しいフレッシュな風

 一方、『スカーレット』の松下洸平の場合、そうした圧倒的な華や異物感で視聴者をとらえたわけではない。ヒロインが初恋を経験する相手は、残念イケメン感漂う溝端淳平であり、序盤に楽しさと明るさ、切なさを添える存在だった。当時の喜美子はまだ幼く、兄妹のような関係であり、そこにリアリティは見えなかった。

 しかし、溝端が退場して、故郷に戻った喜美子の仕事場に松下洸平が現れた途端、「あ、相手役はこの人なんだ」と確信した視聴者は多かっただろう。特別な華やかさはなく、むしろやや地味な雰囲気なのに、明らかにモブじゃない。誠実さや優しさ、多くを語らない寡黙さの一方で、無防備さと厳しさ・頑なさが同居しているような雰囲気が心にひっかかり、その一挙手一投足を目で追ってしまった。

 『カーネーション』で、繊維商業組合のおっちゃんたちが集う座敷の隅っこに静かに佇む綾野剛の姿を見たとき、視聴者たちが一瞬にして恋の予感を嗅ぎ取ったのにも似ている。

 基本的に優しく穏やかな性質だが、どこか他人(それが妻だとしても)が絶対に踏み込めない何かを持っているように見える。優しさのために、喜美子の家の婿養子になることを選び、陶芸家になることすら一時は諦めようとした八郎。二人肩を並べて同じ道を歩もうとしていたにもかかわらず、いつしかズレが生じ、喜美子の秘めた才能に嫉妬心を見せるようにもなる。

 そうした複雑な胸中や、喜美子との微妙な距離感の変化を、『スカーレット』は言葉で語らない。実際の多くの夫婦がそうであるように、違和感を覚えても、それを直接相手になかなかぶつけず、いったん胸にしまううち、いつしか胸の中で違和感の正体が明確に、そして大きくなっていってしまうのだ。

 こうした”夫婦のリアル“ “生活のリアル”を描く作風には、舞台で芝居経験を積んできた繊細な演技力を持つ松下洸平が必要不可欠だったのだろう。率直にモノを言う喜美子に対し、ちょっと間をおいて返事をする八郎。笑ってみせても、どこか晴れない目の色には、不穏な空気が常につきまとう。松下の演技には、セリフがないシーンにこそたくさんの情報量が詰まっていて、ときには気まずさや重苦しさを孕んでいるために、どうにも引っかかり、視聴者はそれを読み解こうとのめり込んでしまうのだ。

 まだ無名の役者を起用する場合、特定のイメージがないために、その役との一体感を視聴者が感じやすいメリットはある。これはかつてオーディションが主流だった頃、「新人女優の登竜門」の役割を朝ドラが果たしてきたことにも通じる。特にまっさらの新人の場合、作品と共に成長していくリアルな姿を視聴者は応援する構図になるため、ある意味、新人ヒロインのドキュメンタリーでもあったのだ。

 しかし、オーディションではなくキャスティングにより、実力・知名度ともにある女優がヒロインを務めるようになり、働き方改革の影響でそれが完全に定着した今。かつての朝ドラが担っていた、まっさらの目新しい才能を見つけたい願望は、子役でしか味わえなくなっている(子役すらも有名子役が多数登場しているわけだが)。

 そんな中、作品が求めるリアリティを、嘘のない繊細な芝居によってしっかり背負い、なおかつ目新しいフレッシュな風も吹きこんだ松下洸平。この成功例により、今後の朝ドラに「芝居がしっかりしている、舞台や別の世界に出自を持つ役者」の起用が増えるかもしれない。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
NHK総合にて、2019年9月30日(月)〜2020年3月放送予定
出演:戸田恵梨香、北村一輝、富田靖子、松下洸平、桜庭ななみ、福田麻由子、マギーほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記
演出:中島由貴、佐藤譲
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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