スペインで映画賞と興行成績を制した理由は? 『だれもが愛しいチャンピオン』で“新しい世界”に出会う

『だれもが愛しいチャンピオン』を紐解く

 『ブランカニエベス』、『しあわせな人生の選択』、『マイ・ブックショップ』……スペイン版のアカデミー賞といえる“ゴヤ賞”の“作品賞”に選ばれるのは、映画好きをうならせるような魅力的なタイトルばかりだ。そんなゴヤ賞の2019年、作品賞を含む3部門を制したのは、ちょっと意外な作品だった。スポーツを題材に、コメディ要素がたっぷりつまった内容で、スペイン映画年間興行成績1位にも輝いた『だれもが愛しいチャンピオン』である。

 興行成績と賞。ときに相反するふたつの分野を制覇した理由は、その内容を見れば納得できる。本作は多くの観客を笑わせ楽しませながら、同時に観客の既成概念を揺るがす試みも行っている挑戦的な作品なのだ。ここでは、本作『だれもが愛しいチャンピオン』の内容を追いながら、その魅力や新しさについて考察していきたい。

 ゴヤ賞の主演男優賞を2度も受賞しているハビエル・グティエレスが演じる本作の主人公である、プロ・バスケットボールのコーチを務めるマルコは、興味深いキャラクターだ。自分勝手で短気な性格から、試合中に乱闘をしてチームを解雇され、さらには飲酒運転をしてパトカーに追突し、警官に悪態をつくというめゃくちゃぶりを見せる。彼は、裁判で社会奉仕を命じられ、いやいやながら知的障がい者たちによるバスケットボール・チームを指導することになる。チーム名は、友達を意味する“アミーゴス”だ。

 スポーツを通して、涙を誘う感動ストーリーが始まるのだろうな……と予想しているところに現れる、この主人公。「大丈夫なのか?」と思わされてしまうが、福祉から遠いところにいるように見える、“聖人君子ではない”キャラクターだからこそ、彼は多くの観客を内容に入り込ませる仕掛けとして機能する。

 それは、アミーゴスのメンバーたちも同じだ。映画などで障がいを持った人物を描くとき、必要以上に配慮をくわえることで、いきいきとしたキャラクターにならないことがある。だがここでは、自由な言動で痛いところを突いたり、別の色のユニフォームを着たがるなど、 インパクトの強いマルコを圧倒するほどのアミーゴスの主張や様々な個性の表現に、何度も笑わされてしまうのだ。

 そんな選手たちを演じるのは、実際に障がいを持つ600人ものなかからオーディションで選ばれた、10名の新人俳優だ。彼らの個性に合わせて脚本を当て書きすることで、本作はいきいきとしたキャラクターが躍動する内容になっている。

 明るく自信家のコジャンテスを演じ、得意の側転を見せるグロリア・ラモスをはじめ、スペインのプロサッカーチームの一員だった経験を持ち、バスケなのに脚を使った“シュート”を見せるセルヒオ・オルモスなどなど、彼らはキャラクターとしての個性だけではなく、本作で演技やバスケのパフォーマンスなど、映画の出演者として驚くほどの才能を見せ、多くの観客に絶賛されることになった。

 障がいを持った魅力的に描かれたことで、新たに俳優として注目を浴びた出演者もいる。見事な表現力でファンマを演じたホセ・デ・ルナは、その後、大ヒット犯罪ドラマ『ペーパー・ハウス』に出演するなど、本作をステップに自分の可能性を広げている。このように、本作は世界の在り方に影響を与えるきっかけとなった部分があるのだ。

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