『いだてん』がドラマ史に残る画期的な作品となった理由 “オリンピック”で重なった昔と今

 それにしても、ひとつの物語を生み出すためには、これほどまで長い年月と労力を掛けた調査が必要とされるものなのか。そんなクリエイターとしての畏怖すべき“凄み”のようなものが、これらの作品には確かにあるのだった。しかも、『いだてん』の場合は、“戦争”のみならず、“オリンピック”という今を生きる我々にとっても、馴染み深い題材を扱っているのだから。

 そう、“オリンピック”という馴染み深くはあるけれど、その内実については、これまであまり描かれてこなかった題材を、その美談のみならず、その裏側にある思惑や画策に至るまで、分け隔てることなく描き出した『いだてん』。それを観ていて驚いたのは、そこで描かれていることが、必ずしも過去のことではなく、まるで現在をトレースしたかのように思えることだった。安易な政権批判や社会批判にはならないギリギリのラインで描き出される、さまざまな問題提起。そこには、女性の活躍から、スポーツの政治利用に至るまで、現在にも通じるようなさまざまなトピックが、実に巧みに散りばめられているのだった。しかも、クドカンらしい、実に痛快なタッチで。

 これは本当に、驚きと言っていい語り口だった。〈あれからぼくたちは/何かを信じてこれたかなぁ〉――SMAPの「夜空ノムコウ」の歌詞ではないけれど、思わず立ち止まって、自分たちの情況を考えてしまうような、そんな驚くべき強度が、このドラマには確かにあったのだ。しかし、〈夜空のむこうには/もう明日が待っている〉。そう、来年には、二度目の開催となる東京オリンピックが控えているのだ。

 本作の縁の下の力持ちとも言える「取材」を担当した渡辺直樹は、リアルサウンド映画部のインタビューで、本作に関して次のように語っていた。

「『いだてん』はオリンピックと落語を切り口に、政治から文化に至るまでの今に繋がっている“日本”を横断していくドラマだなと深く感じました。このドラマのために読んだ、日記だったり、手紙だったりから、ささやかな個人の思いを知ることで、僕自身ちょっとだけこの国の見え方や時代の見え方が変化しました。見ている人にとってもそうであったらとても嬉しいなと思います」

 まさしく、その通りだと思う。「この国の見え方や時代の見え方が、ちょっとだけ変化する」──そんな大河ドラマは、自分の記憶にある限り初めてだし、いわんや民放の地上波ドラマには、ほとんど見当たらないよう思う。それぐらい画期的なドラマだったのだ。

 さて、これまで46回に渡って描き出されてきたこの巨大な物語も12月15日に放送される「時間よ止まれ」で、いよいよ最終回を迎える。1964年10月10日。東京オリンピックの開会式であるこの日、第二部の主人公である田畑(阿部サダヲ)と、第一部の主人公である金栗(中村勘九郎)――そして、そんな2人と並走するように落語界を駆け抜けてきた志ん生(ビートたけし)は、これからオリンピックが始まろうとするこの日に、果たして何を思うだろうか。そして、膨大な資料と史実から、このような時空を超えた一大エンターテインメントを生み出してきた脚本家・宮藤官九郎は、その最後に一体どんな仕掛けを用意しているのだろうか。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twitter

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:
阿部サダヲ 中村勘九郎 / 星野源 松坂桃李 麻生久美子 安藤サクラ / 
神木隆之介 荒川良々 川栄李奈 / 松重豊 薬師丸ひろ子 浅野忠信
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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