『なつぞら』から「女性と仕事」の今昔を考える 「小田部問題」の現代に通ずるテーマ性
「小田部問題」の現代性
さらに、『なつぞら』の茜の退職と、なつの団交のエピソードにも、それを視聴者に想起させる有名な事件があります。それが、1965年の5月から8月にかけて東映動画で起こった、いわゆる「小田部問題」です。
もともと1965年から66年にかけての東映動画では、就業形態をめぐる労使対立が顕在化した時期でもあったのですが、この小田部問題については、たとえばさきほどの『日本のアニメーションを築いた人々』や、木村さんの学術論文「商業アニメーション制作における「創造」と「労働」」(『社会文化研究』第18号所収)などの文献に詳しく書かれているので、興味のある読者はそちらを参照していただきたいです(ウィキペディアの「奥山玲子」の項目にも少し触れている箇所がありますね)。
さて、小田部問題とは何だったのでしょうか。それはまさに『なつぞら』のヒロインを思わせる人物・奥山とその夫である小田部さんをめぐって起こった、東映動画における、ひとつの「働き方改革」を促す出来事でした。当時、そろって入社6年目、(生まれも同年なので)28歳の中堅アニメーターとなっていた小田部・奥山夫妻には保育園に通わせる子どもがいました。小田部さんはその送迎のために自動車教習所に通っており、やむをえず遅刻や職場離脱が増加していました。むろん、会社側もしだいにこれを問題視しはじめます。そして、ついに小田部さんには出勤停止処分がなされたのですが、むろん小田部さんとしてもその後も教習所通いを止めるわけにはいかず、やがては彼の解雇処分の可能性まで取り沙汰されるようになっていきました。当初、会社と小田部さん個人のあいだでの交渉では、一時は依願退職による契約化が推奨されたこともあったといいます。
ところが、事態は小田部さんの勤務態度に起因するごく個人的な事案を越えて、労働組合全体を巻きこむ東映動画社内の普遍的な労働問題に発展していくのです。結局、労使交渉の結果、小田部さんの解雇は撤回され、職級上の降格減給処分によって、この事案は決着したのでした。
ともあれ、この小田部さんの一件を会社全体の問題として認知させたのが、(ほかならぬ彼の妻であり、なつのキャラクターを思わせる)奥山だったのです。奥山は、これを育児休暇や保育施設の不備による共働き社員の普遍的な問題として、婦人部の機関紙で取りあげるなど、積極的に内外に問題提起をしていき、最終的には約250人分の署名を集める労使闘争にまで発展させたのです。『なつぞら』のなつらアニメーターたちの団交の物語は、この小田部問題の実話を踏まえて観るべきでしょう。
いずれにしても、ここ数週間の『なつぞら』は、子育てと仕事の両立に悩む女性や男性にとって、さわやかな励ましを与えるドラマになっていると思います。そして、その理由のひとつには、俳優や作り手側の情熱だけではなく、おそらく登場人物の造型に大きなヒントとなった当時の東映動画のひとびと(とくに女性たち)の、半世紀近くも前の、「働くこと」をめぐるたゆまぬ戦いが、現実に存在したからなのです。このドラマが東洋動画のひとびと以外にも、ジェンダーをめぐって先進的な考えを持ち、女性ではじめて北海道大学に入学したという柴田夕見子(福地桃子)をなつの姉妹に設定したのも、「女性の自立」というテーマにコンスタントに目配せを送っていた証でしょう。