ヤスミン・アフマドが世界で愛され続ける理由 『細い目』主演女優が語る、演出の裏側

ヤスミン・アフマドが世界で愛され続ける理由

 現在、シアター・イメージフォーラムで「伝説の監督 ヤスミン・アフマド 没後10周年記念 特集上映」が開催中だ。

 ご存じの方も多いと思うが、ヤスミン・アフマドはマレーシアが世界に誇る映画監督。2003年にテレビ映画『ラブン』で長編デビューを果たすと、東京国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞した『細い目』をはじめ、その作品の多くが国際映画祭で評価を得た。しかし、2009年7月25日に51歳という若さで死去。生涯で残した長編作品は6本と少ないが、今も映画ファンの記憶に刻まれる、まさに伝説の映画作家といっていい。

 今回の没後10周年を記念しての特集では、彼女の6本の長編に加え、オムニバス作品『15マレーシア』に収めれた短編『チョコレート』を上映。その作品群に触れて改めて思うのは、公開時もさることながら、時代が移り変わった今こそ世界中の人々に観てほしいということにほかならない。それほど現在の世界情勢を鑑みるに心に突き刺さる作品ばかりであることに驚かされる。

『細い目』

 たとえば彼女が世界の映画界で知られるきっかけになった出世作『細い目』は、マレーシアの多民族社会を背景に、マレー系少女のオーキッドと、中華系の男の子、ジェイソンの初恋を描いたラブストーリー。一見すると、普遍的な物語だ。

 ただ、当時、マレー系、中華系、インド系など多民族国家であったマレーシアにおいて、映画やドラマで、民族や宗教が異なる男女の恋が描かれることはほとんどなかったという。さらに、ほとんどの映画はマレー語が主流。マレー語、広東語、英語などが飛び交う『細い目』のような映画もまたなかったという。

シャリファ・アマニ

 特集上映に合わせて来日した『細い目』の主人公オーキッド役で、ヤスミン作品に欠かせない女優となるシャリファ・アマニはこう明かす。

「『細い目』の出演が決まったのは17歳のとき。まだ高等学校に通っていて、今後の進路をどうするか悩んでいるときでした。ですから、『細い目』は私のその後を決定づけた1作。ほんとうに運命的な出会いを感じたんです。というのも、初めて脚本に目を通したとき、私はこう思いました。『これは(私の)祖母のストーリーだ』と。中華系の男の子とマレーシア系の女の子の恋愛が描かれてますけど、私の祖父母も一緒。民族や宗教が異なる者同士で結ばれた。私の祖母は海南出身の中華系、祖父はペナン出身のインド系です。この映画の中で描かれている両親の愛情あふれるやりとりは、常日頃目にしている自分の父や母、祖父母の姿と重なりました。また、そんな両親のもとで育っているオーキッドは、『これは私自身』と深い愛情と親しみを感じ、『私が演じるしかない』と思ったんです。

 私の育った環境において異なる宗教や言語、民族が混在するのは当たり前のことでした。おそらくヤスミン自身もそう。マレーシアの社会もすでにそれが普通に変わっていた。ですから、私にとって『細い目』の脚本は特別ではなく、“私自身の物語”と共鳴できる親近感があったのです。たぶん、マレー語主体で、民族や宗教の異なる男女の恋愛が描かれないマレーシア映画に対して一石を投じるといった意識はヤスミンの中にはほとんどなかったはず。おそらく彼女自身が日常で感じていることや自分の体験したことを自然に形にしただけだと思います」

 民族や肌の色、言語といった違いを越え、人間同士が互いの文化や価値を認め合う様をみつめたその物語は、現在の社会になんと多くのメッセージを投げかけるか。ナショナリズムや極右の台頭、難民の問題をはじめ、「分断」や「格差」、「排除」や「対立」に覆われる現在の世界情勢を見つめたとき、わたしたちが立ち止まって考えなければならないことが『細い目』には描かれている。社会をよりいい方向に導くなにかがこの作品には隠されている気がしてならない。また、ヤスミン作品に共通して描かれているのは「人間の良心」「他者への寛容」といったこと。人間の心の中にある優しさや深い愛情が作品の中にあふれている。それは理想主義と言ってしまえば、そうかもしれない。でも、社会や国、人間同士の関わりこそ理想を追求すべきなのである。そういう意味で、ヤスミン作品は今まさに世界中の人々に観てほしい映画といっていい。そして、ひとりの人間として失いたくない心がヤスミン作品には存在する。これこそがヤスミン作品の魅力かもしれない。

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