松江哲明の“いま語りたい”一本 第42回

湯浅政明×LDHが生んだアニメーション映画の新たな可能性 『きみと、波にのれたら』の革新性とは

 私は『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』や『クレヨンしんちゃん』の湯浅政明監督が手がけた躍動感溢れる映像が好きで、最初は「何なのだろう、この動きは」と驚かされて監督のことを知り、初劇場公開作『マインド・ゲーム』は劇場に観に行きました。初めての監督作品でありながらすでに大きな期待が寄せられ、見事に応えるという現象を目撃し、それから世界へと広がる活躍は「そりゃそうですとも」という思いでもあったのですが、『きみと、波にのれたら』は湯浅監督がさらに遠い地点へ手を伸ばす過程を目の当たりにするような鑑賞時間でした。それは時折、観ていてくすぐったかったりする一方で、これまでと変わらない素晴らしさに圧倒され、「個性的な作家が与えられた題材を職人に徹して描きつつ、それでも抑えきれない欲望がむきだしになっている」という、これまでの映画史でも度々起きていた事件、もしくは奇跡と称したいような作品でした。この感想、すでに観た方には共感してもらえると思うのですが、いかがでしょうか。

 正直、最初の30分は居心地の悪さもありました。あえてこういう表現をしますが、堂々たるリア充キラキラ映画なんです。こっぱずかしくなるくらいに登場人物たちが感情を隠さず、いちゃいちゃします。「この波がいつまで続くのか、40を越える私には乗りにくいぞ」と思っていたのですが、時折、湯浅監督ならではの特異なアングルが気持ちいいんです。そういう意味では本作は確かに“LDH映画”でした。河瀬直美監督の『Vision』も役者と監督の「そこが組み合わさるのか」という驚きがありましたが、LDH映画は大胆な企画をアーティストの存在感で成立させてきました。新しい映画が生まれるためには、このような腕力が必至なのですが、現在の日本映画界におけるLDHの挑戦的な姿勢は本作でも健在です。

 まず、映画を通して、主演の片寄涼太さんが所属するGENERATIONSの主題歌「Brand New Story」が何度も流れます。私はGENERATIONSを知らなかったのですが、鑑賞後ずっと頭の中に残りました。今でもつい、鼻歌で歌ってしまうのですが、映画を観た方は必ずそうなるはずです。物語の設定上では過去にヒットした曲ということだったので、「こんなヒット曲があったのか」と信じ込んでいたのですが、後に映画のための新曲だと知って、びっくりしました。映画の中の登場人物に共感させるならば実際にヒットした曲を使う方が便利なのです。しかし湯浅監督はそれを選びませんでした。現実と本作の世界観を分断させたのです。その選択に本作がファンタジーであることの決意が感じられ、全編見え隠れする「何かが吹っ切れている」理由ではないでしょうか。

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