アンセル・エルゴートが演じきった2つの人格 『ジョナサン -ふたつの顔の男-』は“愛”の映画に
何気なく差し込まれた一瞬のショットがある。ジョナサンが電車のなかで、ふと片方の靴紐だけが解けてしまった少女を見つめる。この描写に、彼にとってのジョナサン/ジョンの関係性に対する心象が端的に表象されているのではないだろうか。左右対称であるはずの、あるいは左右対称でなくてはならない二つのものの、形が崩れてしまった一方。この結ばれていない片方の靴紐は、ジョナサン自身の劣等感が投影されたメタファーたり得る。無い物ねだりをするように、ジョンを羨ましく思えていたジョナサン。しかし、ジョナサンとジョンが正確に半分の時間で生活できるよう操作するナリマン博士(パトリシア・クラークソン)が、「ジョンの方が強いと思っていた」と口にするように、やがて奔放で強く見えていたジョンの輪郭が脆弱性を帯びてくると、彼らは互いを本当の意味で理解し始めようとする。
二つの人格を抱えた一つの身体は、茫洋たる道のどこへ向かっていくのか。ジョンが行方知れずになったとき、それでもジョナサンがジョンにメッセージを残し続ける姿は、懸想する相手に人知れず恋い焦がれる姿のようにも見える。あるいは、ジョンが「星が出てたよ。見せたかった」と、昼の時間に生きるジョナサンが決して見ることのできぬ美しいものを見せたいと願っていること。それらは愛の営為に違いなく、ジョナサンとジョンは世界の誰よりも互いを愛している。それなのに。彼らは魂を一つの肉体で変位させながら生きており、触れ合うことも、抱きしめることも叶わない夢である。結末がどこまでも美しい余韻を残すのは、そこを超えていく希望を捧げてくれるからだろう。だからきっと私たちはこの映画のことを、SF的設定に仮託された果てなき愛の映画、と言う他ない。
■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter
■公開情報
『ジョナサン -ふたつの顔の男-』
新宿シネマカリテほか全国公開中
監督:ビル・オリバー
出演:アンセル・エルゴート、スーキー・ウォーターハウス、マット・ボマー、パトリシア・クラークソン
配給:プレシディオ
協力:ムービープラス
2018/アメリカ/英語/カラー/95分/シネマスコープ/原題:Jonathan
(c)2018 Jonathan Productions, Inc. All Rights Reserved
公式サイト:jonathan-movie.jp