【ネタバレあり】『エンドゲーム』に残された謎 アベンジャーズの作戦を科学的視点から読み解く

時間の流れは一つではない?

 そこで画期的だったのは、ブルース・バナーが説明したように、時間旅行者が現在から過去に移動しようとしたとしても、そこは時間旅行者にとっての未来になる、という考え方だ。時間というものが、現在、過去、未来が順序よく繋がっている、1本の流れでしかないと考えるから、矛盾が生まれることになるのである。

 メビウスの輪のように、量子世界では時間は現在にも過去にも進むことができる構造になっているため、進んでいく限り、旅行者にとってそこは常に現在となる。この考え方でいくと、例えば、Aという人間が時を越えて過去に戻ったことで自分の祖父を死なせてしまったとする。そうするとAは生まれないことになってしまうが、祖父を死なせてしまったAにとって、それは現在の時間にあたる出来事なので、A自身は消滅からは免れることになる。実際に本作で、ある登場人物が過去の自分を殺害するという場面があるが、確かに殺した自分が消滅することはなかった。

 さて、なぜそんなことがあり得るのか。それは、時間がただ1本の川のように流れているのではなく、複数の流れが存在していると考えれば、説明がつく。

「シュレーディンガーの猫」と「多世界解釈」

 1900年代、量子力学を確立したニールス・ボーアらは、量子の世界において、ある2通りの結果が表れる実験を行ったときに、その結果を観測者が確認する瞬間までは、2通りの結果が「重なった状態」であるとした「コペンハーゲン解釈」を提唱した。これは、われわれの世界の物理法則をもとに考えるとよく分からないかもしれないが、量子の世界は確かにこのような挙動を示すのだ。この不思議さこそ、量子の世界が不思議な物理法則を持っていることを示している。

 だがこの考え方を、荒唐無稽なものとして批判したのが、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーである。彼は、自身が量子力学の成立に尽力してきた1人でもあったが、この説の矛盾を指摘するため、もしも量子世界の実験の結果によって、毒ガスを発生させる装置を作って、それを外から観測できない箱の中に入れ、さらにその中に猫を入れたなら、観測者が結果を確かめるまで、猫は生き残る場合と死んだ場合、そのどちらもが重ね合わされたような、不自然な状態になってしまうと指摘した。“猫が死んだ状態と生きた状態の半々になる……?”そんなことはあり得ないのだと主張したのだ。これが、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる思考実験である。

 「シュレーディンガーの猫」が持つ矛盾を解消するため、ヒュー・エヴェレット3世が提唱したのが、「多世界解釈」という考え方である。猫が死んだ結果と生きているという結果は、世界ごと分岐して存在するというのだ。この考え方を採用すれば、猫は重ね合わされた不自然な状態ではなくなることになる。

 つまり、Aが過去を訪れて、誤ってAの祖父を死なせてしまったとして、そこでは確かに“Aが生まれなかった世界”が発生してしまうが、“Aが生まれていた世界”もまた、依然として存在し続けているため、祖父を死なせてしまったAは消滅しないのだ。「多世界解釈」を採用することで、「時間の輪」や「祖父殺しのパラドックス」が、時間移動を否定する材料ではなくなるのである。だから、本作の冒頭で殺されたサノスと、終盤でアベンジャーズと雌雄を決したサノスは、別の時間の流れにある、別のサノスだということになる。

関連記事