『シンプル・フェイバー』は極上のサスペンスコメディに ポール・フェイグによる視覚的レトリック

 映画評論家の三浦哲哉は『サスペンス映画史』(2012年、みすず書房)において、「『フィルム・ノワール』におけるファム・ファタルたちは、ほぼつねに窓枠とともに登場する」と述べる。例に漏れず、エミリーもまた初めて映画に現れる時、彼女が乗っていた車の窓を撫でながら登場する。この描写によって、エミリーが破滅へと導く宿命の女性ファム・ファタルであることが決定づけられる。窓と共に描かれることについて、ファム・ファタルは見る者の欲望が投影された像なのだということを印象付けるためとも言われている。前作『かごの中の瞳』(2016年)でも、艶かしい魅力を発揮していたブレイク・ライヴリーが演じるエミリーというキャラクターは、妖艶で美しく、その色香で観客を惑わす。特にステファニーやショーンとの蠱惑的なラブシーンは、私たち見る者の欲望を存分に満たし、まさに観客の欲望が投影されたファム・ファタルと言える。

 華やかなピンクや花柄の衣服に身を包んでいたステファニーのガーリーなファッションと、落ち着いたトーンのタキシード姿のエミリーのマニッシュなファッション。目にも鮮やかなこの対比も、楽しめる要素の一つである。しかし、物語が進んでいくと、エミリーが花柄のワンピース、ステファニーがダークカラーのパンツスタイルになるように、2人のファッションが変化する。本作は、このような視覚的レトリックによっても、2人の関係性の揺れ動きや、1人の女性の内的な複雑さを表している。

 さらに視覚的な娯楽要素を高めるために、ポール・フェイグは映画への翻案に大胆な改変を施している。原作となったダーシー・ベルによる小説『ささやかな頼み』は、映画とは異なる結末が描かれているが、それは映画版に比べると、ささやかな結末のようにも思える。原作小説『ささやかな頼み』のサスペンス要素と、コメディの名手であるポール・フェイグによる、映画ならではのいくつもの仕掛けが功を奏している本作『シンプル・フェイバー』は、極上のサスペンスコメディへと仕上がっている。

■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■公開情報
『シンプル・フェイバー』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
監督:ポール・フェイグ
出演:アナ・ケンドリック、ブレイク・ライヴリー、ヘンリー・ゴールディング
原作:ダーシー・ベル『ささやかな頼み』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫)
配給:ポニーキャニオン
2018年/アメリカ、カナダ/英語/原題:A Simple Favor
(c)2018 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved
公式サイト:http://simplefavor.jp

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