『シンプル・フェイバー』は極上のサスペンスコメディに ポール・フェイグによる視覚的レトリック

『シンプル・フェイバー』のいくつもの仕掛け

 “The Lady Vanishes”(女性が消える)を原題に持つ映画、それがサスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の『バルカン超特急』(1938年)である。本作『シンプル・フェイバー』の監督を務めるポール・フェイグ自身もヒッチコック好きを公言しているが、映画もまた、女性の失踪からはじまる物語をサスペンスタッチに描いている。

 ある日、主婦でブロガーのステファニー(アナ・ケンドリック)は、息子の同級生の母親であるエミリー(ブレイク・ライヴリー)に、息子を迎えに行ってほしいと「ささやかな頼みごと」をされる。しかし、その日を境にエミリーは行方をくらましてしまう。エミリーの夫ショーン(ヘンリー・ゴールディング)との捜査がはじまると、不可解なことが次々と起き、エミリー探しは暗礁に乗り上げる……。

 ポール・フェイグは、『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011年)、『デンジャラス・バディ』(2013年)、『ゴーストバスターズ』(1984年)の女性リブート版『ゴーストバスターズ』(2016年)など、女性を立役者としたコメディを描く名手としてよく知られる。キャリアウーマンで刺激的なエミリーと、主婦でお人好しなステファニーは、一見すると息子を介してでもないと接点もないような真逆のタイプだが、お互い人には言えない秘密を打ち明け合うと、急速に仲を深めていく。『ブライズメイズ』や『デンジャラス・バディ』がそうであったように、ポール・フェイグは、これまでにも対照的な女性2人の友情物語を描いてきた。しかし本作は、女性同士の友情を真っ向から描いたこれらの作品とは、異なる様相を呈する。ブロガーのステファニーが映画冒頭の動画配信で、「友情」と口にした瞬間に電波が悪くなり画像が荒れるのは、この映画で描かれる「友情」が一筋縄ではいかないことを予期させる伏線に他ならない。

 映画の幕開けが、エミリーについて語るステファニーの動画配信であることからもわかるように、本作は基本的にステファニーの一人称によって物語が進んでいく。女性の一人称で綴られる女性の失踪を辿る類似作品には、近年では『ゴーン・ガール』(2014年)や、『ガール・オン・ザ・トレイン』(2016年)などが挙げられる。これらの作品はいずれも謎が二転三転していく展開で、「信用できない語り手」が共通点でもある。エミリーがミステリアスで狡猾に見える一方、ステファニーがお人好しで騙されやすいと見るのは些か単純であり、終盤のどんでん返しのトリックなどが、ステファニーの人物像に深みを持たせている。

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