マルジェラの成功と悲劇にみる、ファッション産業の問題点 伝説的メゾン創始者デザイナー達の葛藤

 『We Margiela』で明かされることの一つは、Maison Martin Margielaが日本とイタリアに事業拡大した2000年代においても自転車操業だったことだ。当時のマルタンは、プライベートを重視する人物であったにも関わらず、休む暇なく最低賃金で働いていたと証言されている。その後、メゾンはOTBグループに買収され、それまで起用していなかったようなスターモデルたちをショーに登用する方向性へシフト。初期からMargielaに関わっていたメイクアップ・アーティストは、有名モデル起用はマルタンの意向ではなかったことを示唆している。そして2008年、証言によるとポップスターのリアーナのフィッティングをしていたとき、マルタンは突如姿を消す。報道では、1990年代から台頭していったセレブリティ文化への嫌悪反応が強かったとされている。

 『We Margilela』によると、表舞台から去って数年後、マルタン・マルジェラはかつてともに働いたデザイナーにこう投げかけたという。

「君はあそこで働くことが好きなのか?」

 カリスマとして伝説化したマルタンだが、おそらくは、ウエストウッドのような存在とは異なり、ファッション産業のビジネスに順応できず表舞台から去った。逆に言えば、21世紀のファッション産業は、天才マルタン・マルジェラを失ったのだ。その悲劇をつづる『We Margiela』は、相次ぐデザイナー交代劇によって「モードのクリエイティビティとビジネス」が物議をかもしている今だからこそより深い問いかけを与える作品になっているはずだ。

『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』(c)2016 Reiner Holxemer Film – RTBF – Aminata bvba – BR – ARTE

 2019年、ドキュメンタリーで映されたデザイナーたちはどうなったのか。「インディペンデントの雄」と謳われてきたドリスによるDries Van Notenは、ドキュメンタリーが公開された翌年、ついにプーチ社の傘下となった。そして『ディオールと私』のあとCalvin Kleinに移籍したラフ・シモンズは、初コレクションから2年たらずで退任が決定している。マルタン失踪現場に居合わせたポップスターのリアーナは、世界最大のファッション大手企業体LVMHグループでラグジュアリー・ブランドを立ち上げるとの噂だ。ちなみに、マルタン・マルジェラに関しては、2019年、かつて自身がグランプリに輝いたANDAMファッション・アワードの審査員を務めることが発表された。ビジネスではなく、新たな才能に光を与えるためのカムバック。なんとも彼らしいのではないだろうか。

参照

https://www.businessoffashion.com/articles/bof-exclusive/remembered-the-game-changing-martin-margiela-show-of-1989

■辰巳JUNK
ポップカルチャー・ウォッチャー。主にアメリカ周辺のセレブリティ、音楽、映画、ドラマなど。 雑誌『GINZA』、webメディア等で執筆。

■公開情報
『We Margiela マルジェラと私たち』
全国順次公開中
監督:メンナ・ラウラ・メイール 
出演:ジェニー・メイレンス(声のみ出演)、ディアナ・フェレッティ・ヴェローニ(ミス・ディアナ)ほか
原題:We Margiela/日本語字幕:渡邉貴子
後援:オランダ大使館
配給・宣伝:エスパース・サロウ
(c)2017 mint film office / AVROTROS
公式サイト:wemargiela.espace-sarou.com

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