野木亜紀子が再び描いた“逃げる”ということ 『けもなれ』は作り手の本気度が伝わる作品に

 では、晶は仕事と恋愛に対し、どのように向き合ったのか? 『けもなれ』には、職場には九十九、恋愛相手には京谷、そして「5tap」には恒星と、それぞれの居場所を象徴する男性が存在する。

それぞれの居場所を象徴する男性

 一番うまく描けたのは恒星だろう。他人に興味がなくドライに振舞うことで、ミステリアスな存在感を見せていた恒星だったが、話数が進むごとに、呉羽にも愛情を持っていたし、あれだけ憎んでいたと言っていた兄のことも実はすごく心配していたのがわかってくる。一番ドライに見えて一番人間味があったのは、恒星だったのかもしれない。

 だからこそ晶も彼に心を許したのだろう。弱っている時に一夜を共にしても、恋人になることなく曖昧な距離感のまま、ビールを飲むことができたのは、彼が、職場とも恋愛とも違う逃げ場を提供してくれたからだろう。


 一方、何を考えているかわからなかったのが恋人の京谷だ。優しくて責任感のある男だが、それゆえに、引きこもりとなった元恋人を捨てることができずに、曖昧な関係を続けている。京谷と朱里の共依存的関係は、野木がヤングシナリオ大賞を受賞し、京谷を演じた田中が主演を務めた単発ドラマ『さよならロビンソンクルーソー』(フジテレビ系)を思わせる。今、勢いに乗っている田中が演じたこともあってか、一見普通の男に見えるが無自覚な色気で周囲を翻弄する困った男となっていた。

 最後まで気になったのが九十九社長の描き方だ。当初は会社のブラック体質に耐えきれなくなった晶が、九十九に対して改善要求を突きつけ、職場を改善していく展開になるかと思ったが、最後まで九十九は変わらず、晶が会社を辞めるという苦い断絶となった。しかし、ここで安易な和解を描かなかったからこそ、問題の深刻さが浮き彫りになったと言えるだろう。

 九十九と京谷は真逆だが、それぞれ仕事と恋愛における女性から見た男の厄介さを象徴するような存在で、だからこそ、晶を困らせる敵役として奇妙な魅力を放っていた。

 “逃げること”を肯定的に描いた『逃げ恥』と同様、『けもなれ』もまた、仕事と恋人から逃げてラクになることを肯定的に描いた作品だった。そして、逃げることがもたらす痛みと困難も強く描かれたドラマだったと言えよう。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
『獣になれない私たち』
出演:新垣結衣、松田龍平、田中圭、黒木華、菊地凛子、田中美佐子、松尾貴史、山内圭哉、犬飼貴丈、伊藤沙莉、近藤公園、一ノ瀬ワタル
脚本:野木亜紀子
演出:水田伸生
チーフプロデューサー:西憲彦
プロデューサー:松本京子、大塚英治
協力プロデューサー:鈴木亜希乃
制作会社:ケイファクトリー
製作著作:日本テレビ
(c)日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/kemonare/

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