アクションで描かれる善と悪のカルマ 『SPL 狼たちの処刑台』が体現する香港ノワールの真髄を読む

『SPL 狼たちの処刑台』善と悪のカルマ

 主人公・リーは、『96時間』よろしく娘のために命を懸けて犯罪組織に挑み、“殺戮マシーン”として覚醒していく。鬼神のごとく戦う姿は一見爽快だが、果たしてその行為は“正義”なのだろうか。リーは、事件に関わっているかどうかも疑わしい男に暴行を加え、組織の末端構成員に刃物で致命傷を与えていく。そして、自らのうっ憤をぶつけるがごとく、裏切り者を残忍な方法で拷問。さらに、娘が誘拐された遠因が、実はリー自身にあったことがわかってくると、彼が単なる“娘を想う父親”ではなく、自分の過去を棚上げにしながら犯罪組織に憎悪を向ける、歪んだ面を持っていることがわかってくるのである。

 かといって、リーが完全な悪人かというとそうではない。他者を顧みず、歪んだ愛を押し付けた“カルマ”によって現在があることに気づいたリーだが、それでも葛藤しながら前に進むのである。一方、相棒となるチュイは、リーとは対照的にむやみに人を殺さず、警察官としての責務を全うしようと理性的に行動していく。犯罪組織に立ち向かううちに、チュイ自身も耐えがたい悲劇に見舞われるが、リーと同じ立場に陥っても、彼のスタンスは変わらない。そして、対照的な二人は、それぞれの行いに応じた、凄まじい結末を迎えるのである。カルマという独特の概念に基づきつつも、善悪の二項対立を超える展開は、近年の香港ノワールの真髄ともいえるものだ。

 香港ノワールは、この“カルマ”を様々なシチュエーションで描き、善性と悪性の間で揺れる人間の本質に迫ってきた。その最たる作品が、香港映画史上空前のヒット作となった『インファナル・アフェア』(2002年)だろう。警察に潜入する黒社会の構成員と、黒社会に潜り込む警察官の交わりをサスペンスフルに描き評価された同シリーズは、三部作で彼らの“カルマ”を丹念に描き出すことで、単なる二重スパイものを大きく逸脱した傑作となった。そのほかにも、ジョニー・トー監督『マッスル・モンク』(2003年)など、例を挙げればキリがないほど、カルマを描いた作品は多い。一方のハリウッド映画ではどうか。『インファナル・アフェア』シリーズのリメイクである『ディパーテッド』では原作の三部作をひとつにまとめる過程で、二人の主人公や周辺の人物のカルマを描く部分が大幅にカットされている。前述の『96時間』や、似た設定の『イコライザー』も同様で、主人公のカルマに触れる場面はほとんどない。これは、サスペンスの要素や、「舐めてた相手が実は殺人マシーンだった」という設定の面白さ、あるいは物語のカタルシスを優先した結果なのだろう。

 『SPL 狼たちの処刑台』の英題『Paradox』は、日本語で言えば「逆説」。その言葉どおり、ルイス・クー演じるリーは、正しいと信じてきた行動で、自らの人生に恐ろしい結果をもたらしてしまう。主人公が過去を顧み、過ちに気づきながらも、地獄のような結末に向かっていく姿は、爽快感とは程遠く、救いのないものに見えるかもしれない。しかし、「正義を振りかざして行われる暴力は、善なのか?」「悪人が行う善行は、偽善なのか?」といった問いを投げかけることで我々の価値観をゆさぶり、得難い経験をもたらしてくれるはずだ。

 振り返って観れば、第一作『SPL 狼たちを静かに死ね』、第二作『ドラゴン×マッハ!』も因果律の中で生きる人間の、執念と抗う姿をとらえた凄まじいドラマであることがわかるはず。三作それぞれが、異なる視点で善悪に揺れる人々の物語を描いているので、是非あわせてチェックして欲しい。

■藤本洋輔
京都育ちの映画好きのライター。趣味はボルダリングとパルクール(休止中)。 TRASH-UP!! などで主にアクション映画について書いています。Twitter

■公開情報
『SPL 狼たちの処刑台』
シネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにて公開中
監督:ウィルソン・イップ
アクション監督:サモ・ハン・キンポー
製作総指揮:ドン・ユー 
脚本:ジル・レオン
音楽:コンフォート・チャン
撮影:ケニー・ツェー
出演:ルイス・クー、トニー・ジャー、ラム・カートン、ウー・ユエ
提供:パルコ、AMGエンタテインメント
配給:AMGエンタテインメント
2017年/100分/シネマスコープ/日本語字幕
(c)2017 SUN ENTERTAINMENT FILMS LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://spl-movie.jp/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる