ウェス・アンダーソン監督自身が体現する“希望” 『犬ヶ島』は“新たな世界の見方”を伝える

 同時に、今回日本を舞台にしたことで、よりはっきりとしたのは、ウェス・アンダーソンの作風が、市川崑監督のそれに非常に近いということである。突出したヴィジュアルセンス、ドラマのなかでも平面的な漫画的構図を楽しませる余裕。そして実写とアニメーション制作の両立など、市川崑やウェス・アンダーソンのように、多角的な才能が一人のなかに備わっているケースはまれだ。

 隔離された島のなかで大人たちの手から逃亡を図るという構図は、過去作『ムーンライズ・キングダム』の内容にも類似しており、これらはさらに、フランソワ・トリュフォー監督の名作『大人は判ってくれない』(1959年)における、感受性が豊かであったり、独立した精神を持っているがゆえに社会と折り合いがつかず、エスケープする子どもの孤独な姿へとつながっている。

 『ムーンライズ・キングダム』で子どもたちが団結したように、本作では、そんな孤独な小林アタリに共鳴し、政治の横暴や、異質なものを切り離そうとする排外主義を糾弾すべく団結する、メガ崎の高校生たちが現れる。なかでも、市長の政策の欺瞞を暴くのが、交換留学生トレイシー・ウォーカーだ。巨大なブロンドのアフロヘアーが特徴の彼女は、高校の新聞部員でもある。現実でも外国人の記者たちが、歯に衣を着せずに権力に対して痛烈な物言いができるように、しがらみや因習から自由な外部の人間が社会の異様さに気づくというのは、よくあることだ。彼女の情熱に突き動かされ、高校生たちはゲリラ的に市長への反対運動を起こしていく。時流に逆らい、力に逆らって、正しい道を進む。彼らもまた、ヒーローとしての侍である。犬ヶ島の侍とメガ崎の侍は合流し、ついに政権打倒へと向かっていく。

 人と犬の間には、種族の違いという壁がある。しかし彼らは、弱きを助け強気をくじくという、志の高さによって共鳴し、共闘することができる。それはまた、近年の世界各国における排外的な気運が高まる現実の世界においても、人種や出身国、文化の違いを乗り越えて、人は信念を共有し、分断しようとする勢力と闘いながら、ともに正しい方向へと向かうことができるはずだという“希望”へとつながっている。

 それは、本作で黒澤明監督などに接近しようとした、ウェス・アンダーソン監督自身が体現していることでもある。人種や国の文化の違い、そして時空を超えたところで、世界の、そして過去や未来のアーティストたちは、表現したいという衝動や、映画に対する情熱などによって、精神的なつながりを持つことができるのである。

 かつて日本人が社会的な意味で軽視していた“浮世絵”の価値を、西洋の人々が正しく評価できたという事実がある。日本人は、外国人よりも黒澤明監督や市川崑監督の作品を正当に理解できると勝手に思いがちだが、ウェス・アンダーソン監督は、感覚的な世界のなかでそれらを、異なった角度から深く理解できているように感じられる。『犬ヶ島』が、人と犬との関係を描くことで本質的に伝えているのは、旧弊な関係性を超えた、人間の新たなつながりの可能性であり、新たな世界の見方なのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『犬ヶ島』
全国公開中
監督:ウェス・アンダーソン
キャスト:ブライアン・クランストン、コーユー・ランキン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、野村訓市、グレタ・ガーウィグ、フランシス・マクドーマンド、スカーレット・ヨハンソン、ヨーコ・オノ、ティルダ・スウィントン、野田洋次郎(RADWIMPS)、村上虹郎、渡辺謙、夏木マリ
配給:20世紀フォックス映画
(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/

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