木梨憲武、新しいヒーロー像を切り開く 『いぬやしき』原作と瓜二つの“普通のおじさん”

 この物語は、犬屋敷と同様に事故に巻き込まれ、人ではない存在となった獅子神皓との対峙が描かれる。家族を基準に生活を続け、自分の力が人の役に立つと気付いた犬屋敷と違い、その力を憎むべき対象の殲滅に使う獅子神。佐藤健が演じる獅子神の目は犬屋敷と違い、人であることを自分から放棄している。

 しかし木梨演じる犬屋敷は、最後の最後まで人間の目をしている。獅子神の暴走を止めるため、同じような力を手に入れたにも関わらず、初めて対峙したときには説得を試み、なりふり構わず攻撃を仕掛けるようなことはしなかった犬屋敷。ヒーローとして獅子神に対抗する存在となっても、普通の年老いたおじさんにしか見えないのは、木梨が決してヒーローらしさを演じようとしなかったからなのではないだろうか。

 木梨は、最後まで犬屋敷壱郎という1人のおじさんを演じている。大切な家族を守るために、人ではない体で勝負に挑むシーンであっても、その演技は揺らがなかった。どんなに力をつけても、ヒーローには見えない。それが原作者・奥浩哉の描きたかった新しいヒーロー像なのだとしたら、木梨は適役でしかない。

 近年さまざまなヒーローを描いた映画が話題を呼んでいるが、その中でも犬屋敷は、「家族」を守るために力を発揮する、ある意味最弱なヒーローと言える。人々に称賛されることはない。しかし彼は自分の力を過剰評価することなく、自身が守った世界の中に再び溶け込むのだ。ただの犬屋敷壱郎として。映画の終わり、人ではなくなった犬屋敷を娘は優しく見つめる。そこにはいつも通り、うだつの上がらない彼女の父親がいる。木梨が最後に見せる表情もヒーローのそれではない。最初から最後まで普通のおじさんを演じきった木梨にしか、犬屋敷壱郎は演じられなかったということを証明していた。

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■公開情報
『いぬやしき』
全国公開中
出演:木梨憲武、佐藤健、本郷奏多、二階堂ふみ、三吉彩花、福崎那由他、濱田マリ、斉藤由貴、伊勢谷友介
監督:佐藤信介
原作:奥浩哉
製作:フジテレビジョン
配給:東宝
(c)2018映画「いぬやしき」製作委員会 (c)奥浩哉/講談社
公式サイト:http://inuyashiki-movie.com/

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