木村多江、幸薄女から魔性の女へ 『あなたには帰る家がある』茄子田綾子役に滲む闇

 木村多江から、目が離せない。

 ドラマ『あなたには帰る家がある』(TBS系)の話だ。多くの女性が共感せずにはいられないだろう女性・真弓を演じる中谷美紀の素晴らしさ、玉木宏の憎めないダメ夫ぶり、ユースケ・サンタマリアの怪演も特筆すべきであるが、なにより注目なのが、玉木宏演じる秀明と不倫関係に陥っていく、ユースケ・サンタマリア演じる太郎の妻・綾子を演じる木村多江だ。

 NHK大河ドラマ『巧名が辻』の初回で「逃げて!」と叫んで息絶える主人公の母親役が、「薄幸女優」の代表格と言われる木村多江を強烈に意識した最初の作品だった。もちろんそれ以前にも『リング』や『大奥』など語るべきドラマはたくさんあり、朝ドラ『純情きらり』(NHK総合)での未亡人役も出番は少ないながらも重要な役柄だろう。

 映画『東京島』、ドラマ『ブラックリベンジ』(読売テレビ・日本テレビ系)などの主演作では、女のたくましさやしたたかさも体現していた。だが、木村多江の魅力は、どうしても不幸が似合ってしまう雰囲気と、世の男性を虜にしてしまう、伏し目がちに微笑む古風で上品な女性像、仕草や身のこなしから零れ出る色気なのだとどうにも思ってしまう。朝ドラ『とと姉ちゃん』(NHK総合)の母親役での割烹着姿が似合いすぎたように。だからこそ、このドラマ『あなたには帰る家がある』の古風で色っぽい、それでいて怖いまでに女のいやらしさと強情さを滲ませる魔性の女・茄子田綾子は、「待ってました!」と言わんばかりのハマリ役なのである。

 『あなたには帰る家がある』は、ある意味「ホラー」である。息子に「普通じゃない」と言われる茄子田夫婦は、あたかも13日の金曜日に現れた怪物か何かのように、崩壊しかけの「絵に描いたようないい」夫婦・佐藤夫婦の前に立ちはだかる。この日本で一番多いとも言われる名字である「佐藤」と劇中でも「珍しい名字」と連呼される「茄子田」という対比も面白い。茄子田家では常に現代の家では珍しい柱時計が時を刻んでいて、太郎という家長による父権主義がまかりとおっている。そして茄子田家の妻・綾子は、太郎はじめ家族たちの召使いか何かのようにこき使われている。

 第3話で、カラスが鳴き、木々が不吉にざわめく中、1人作業する秀明は、木の影から突然伸びてきた綾子の手に思わず悲鳴をあげる。その情景も、綾子が深夜に嬉々とした表情で生肉を刻む様子も、ともに示しているのは、綾子の不気味さである。常に予想外の行動で真弓と秀明をかき回す太郎もそうだが、このドラマにおいて茄子田夫婦はそもそも視聴者の共感を得ることを放棄している。ひとえに茄子田家は、佐藤家を脅かす、あるいは試す「闇」なのである。

 綾子は魔性だ。なぜなら彼女は「映画好きな男を夢中にさせるだけのたっぷりの物語を纏った女」だからだ。子供が手放して空に飛んでいった複数の風船の情景を偶然に共有し、台所で「夫婦ごっこ」をする。それが、秀明が好きな「映画」のようにロマンチックな、秀明と綾子の出会いだ。次に会ったとき、秀明は綾子が綺麗に整えた庭を見ながらあるスペイン映画の話をする。

「内気な男の子が好きな女の子に初めて告白する時に、こんな感じの白い花をプレゼントするシーンがあって。(中略)その女の子はホッペに」「チュッて?」

 この2人の会話は、その後ひっそりと反復されている。第1話のラスト、綾子は舞い上がってホテルのカードキーを取り落とす秀明の頬にキスをする。そして第2話において、仕事のために茄子田家宅に訪れた秀明は、綾子が何事もなかったように家族と談笑する姿に拍子抜けするのであるが、その時、玄関に飾られていたのは、「白い花」なのである。彼女は、もうその時点で、秀明との「ピュアな初恋ごっこ」を済ませたのだ。

関連記事