パキスタン出身男性が主人公の恋愛物語、『ビッグ・シック』はなぜ観客から支持されたのか?

 面白いのは、恋愛描写に妙なリアリティがある部分だ。相手に拒絶される可能性を考えながらお互いが気のない振りをしたり、クメイルの部屋が狭過ぎるため、エミリーが「トイレに行きたい」と言い出しにくいという問題が発生するなど、恋愛における実際的なあれこれが次々に飛び出してくる。このように、男女それぞれのリアルな視点によって理想化されない関係が描かれていくのは、クメイルとエミリー本人が、3年間の歳月をかけて本作の脚本を書いているためであるだろう。このことによって本作の物語は、深い実感とフェアな客観性とを保ちつつ進行する。これは、リチャード・リンクレイター監督の恋愛映画『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』シリーズの2作目、3作目で、監督に加え男女の主演俳優二人が、セリフの内容など脚本に参加した手法に近い。

 エミリーを演じるゾーイ・カザン(『ルビー・スパークス』)は、本人がキュートだということ以外に、この練り込まれた脚本によって、いきいきとした魅力を獲得している。ホリー・ハンターが演じるエミリーの母は、ゴシック・ファッションにはまって墓場でポーズをとったエミリーのむかしの写真をクメイルに見せてくれるが、そんな過去を含めて、クメイルが彼女のすべてに愛情を深めていく様子がひしひしと伝わってくる。

 その後、そんなリアルな物語は、現代の“おとぎ話”のような驚きの展開を迎えることになる。数々のコメディー映画を制作、監督業にも携わり、自身もコメディアンであるジャド・アパトーが、同じくコメディアンとして親交のあったクメイル本人からこの実話を聞いて驚き、今回の映画化の企画が進行することになったという。

 おとぎ話のような物語とはいえ、「永い眠りから目覚めた王女と、王子様が熱い抱擁をしてハッピーエンド!」…というような安易な結末にならないところが、本作のすごいところだ。おとぎ話とは第三者によって語られるものであり、王子と王女の恋愛物語は「Ever After…(そして永遠に…)」と結ばれる。だが本作『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』は、おとぎ話の主人公たち本人よって実感を込めて語られるという、例外的な物語だ。王子と王女はつくりものの予定調和の物語に収まるのでなく、自分たち自身が物語の展開を能動的に選び取り、未来を作っていくのである。その意味で本作は、まさに奇跡的な一作として存在感を放ち、その背景にある本物の心情が多くの観客の心を動かすことになったのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』
TOHOシネマズ 日本橋ほかにて公開中
出演: クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、 ホリー・ハンター、レイ・ロマノ
脚本:クメイル・ナンジアニ、エミリー・V・ゴードン
監督:マイケル・ショウォルター
配給:ギャガ
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公式サイト:http://gaga.ne.jp/bigsick/

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