歪んだ心にグサリと刺さる 『勝手にふるえてろ』が描くリアルすぎる“こじらせ女子”

 恋愛において一番つらいことはきっと、振られるでもなく、浮気でもなく、“あなたの中に存在しない”ことだろう。タワマンから見える美しい景色をバックに話に花を咲かせる二人だったが、“イチ”はヨシカのことを「君」と呼び、名前を覚えていなかったという絶望的な事実が発覚する。10年間脳内に“イチ”を宿してきたヨシカは、彼の中では透明な存在に過ぎなかったのだ。

 「好きな人を、こんなわたしの視界に入れるなんておこがましい」と“視野見”(視野の端で見るという意味のヨシカの作った造語)を続けていた彼女だが、彼の人生の登場人物になれなかったことを知ると、独りぼっちの部屋に帰り、声を上げてわんわん泣いた。「おこがましい」とか言っておきながら、本当は覚えていてほしかった。叶わぬ恋だとわかっていたから防衛線を張りまくっていたのに、いざ直面した現実は想像以上に冷たかった。

(c)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会

 ヨシカの好きなアンモナイトには、環境に適応するために歪な形に変化した「異常巻き」と呼ばれる種類がある(変形理由については諸説あり)。それは、われわれ”こじらせ人間”が、不必要に傷つくことを避けるために、自己防衛として自身を歪ませてきた行為と似ている。恋に生きたり、仲間と騒ぎ合う“リア充”たちを表面的には見下していても、心の中には、なりたくてなれなかった憧れからの疎ましさが眠っているのだ。

 思ったことを口に出したり、行動に移す勇気がないゆえ、なにごとも脳内で完結させてきた”こじらせ人間”は、脳をフルに活用してきた成果か、頭の回転が異常に速い。次から次へと浮かぶ妄想、情緒不安定な心……。本作は、そんな目まぐるしく動くわれわれの脳内を反映させたかのように、猛スピードで話が進んでいく。そのためストーリー展開のテンポが良く、117分飽きることなくヨシカに釘付けになってしまった。

 余談だが、歪んだ青春を抱えたままのわたしは映画の見方にも“特別感”を見出そうとしてしまう。この作品では、劇中に登場する“室外機の形”がとても素晴らしかった。なので、あなたなりの角度で『勝手にふるえてろ』を歪ませてみてほしい。”歪み”は決して悪いことではない。むしろ、生きづらい思いをしながら“絶滅”しないために試行錯誤してきた努力の証しだと本作は気づかせてくれた。『勝手にふるえてろ』は、己の”歪み”に悩む全員の苦労を分かち合いつつ、肯定してくれる救世主のような作品だ。

(文=阿部桜子)

■公開情報
『勝手にふるえてろ』
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほかにて公開中
原作:綿矢りさ著『勝手にふるえてろ』文春文庫刊
監督・脚本:大九明子
出演:松岡茉優、渡辺大知(黒猫チェルシー)、石橋杏奈、北村匠海(DISH//)他
配給:ファントム・フィルム
(c)2017映画「勝手にふるえてろ」製作委員会
公式サイト:http://furuetero-movie.com/

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