黒沢清監督『予兆』はとびきりの“混合物”だーー相田冬二が『散歩する侵略者』からの飛躍を解説
登場人物わずか3人でこれだけのことができるのだ。そのことに感動させられる。演劇の3元素を「奪って」はいるが、まったく演劇的ではない。なぜか。わたしたちは、そのとき、気づく。ここで描かれている侵略者とは、映画のことではないか?
妻と夫の前にあらわれた「他者」としての侵略者。彼(東出昌大が演じているので、とりあえず彼と呼ぶ)は、両性具有にも、第三の性にも思えるが、そもそも人間ではない。人間を調査している侵略者である。調査が、関心となり、興味となり、やがて感嘆へと推移していく。この推移こそが、本作最大の見どころである。感嘆が別なものに変容しようとする瞬間、わたしたちは錬金術から純金が生まれる様を目撃するのだ。
映画は、先行する芸術から多くのものを「奪って」きた。写真から、演劇から、そして美術から。そうして、粘土をこねくりまわすように作り上げられたアマルガムが映画である。『予兆』が観る者を感激させるのは、映画が侵略者としての原点に立ち返り、初心のままに、何かを「奪い」、学習している過程に立ち会うことになるからだろう。つまりは、学びの初々しさ。
本作は、黒沢清と高橋洋(脚本)のアマルガムでもある。あの『蛇の道』以来、実に19年ぶりの邂逅が、このようなみずみずしさをもたらしたことに心から感謝したい。まるで、生まれたばかりのような息吹きが、この映画にはある。
■相田冬二
ライター/ノベライザー。雑誌『シネマスクエア』で『相田冬二のシネマリアージュ』を連載中。otocotoで掲載された『Invitation』の元編集長・小林淳一との対談「SMAPとは何だったのか」が、電子書籍として発売中。最新ノベライズは『嘘の戦争』(角川文庫)。
■作品情報
『予兆 散歩する侵略者 劇場版』
公開中
出演:夏帆、染谷将太、東出昌大、中村映里子、岸井ゆきの、安井順平、石橋けい、吉岡睦雄、大塚ヒロタ、千葉哲也、諏訪太朗、渡辺真起子、中村まこと、大杉漣
原作:前川知大『散歩する侵略者』
監督:黒沢清
脚本:黒沢清、高橋洋
音楽:林祐介
配給:ポニーキャニオン
(c)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ
公式サイト:http://yocho-movie.jp