直虎(柴咲コウ)の母への想いに涙 『おんな城主 直虎』“ベルばら”との共通点

 最終回に向けて残り1カ月となった大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK)。「この玄関の片隅で」(『この世界の片隅で』)、「恩賞の彼方に」(『恩讐の彼方に』)など、各話のタイトルが、小説や映画タイトルをもじったものが付けられてきたが、いずれも元ネタ作品がストーリーと重なる絶妙なネーミングだった。11月4日放送の第44回「井伊谷のばら」は、元ネタ作品と思われる『ベルサイユのばら』の一場面を想起させる涙なくしては観られない回となった。

 直虎(柴咲コウ)の反対を押し切り、井伊の名で徳川に使えた万千代(菅田将暉)。万福(井之脇海)と共に甲冑に身を包み、遂に迎えた初陣にただならぬ気合いで望んでいた万千代だったが、戦はおろか、軍議にも参加ができない。健気な働きによって、徳川家康(阿部サダヲ)から小姓に取り立てられた万千代だったが、取り立てられた場所が“寝所”だったことから周囲からは“色小姓”(男色の相手)とバカにされてしまう側面があった。

 戦に出ることができない万千代は手柄を立てるために、万福と夜番をすることに。寝ずの番を行っていると、何やら不穏な影の存在に気付き、万千代はある罠を仕掛ける。影の正体は、家康の嫡男・信康(平埜生成)の側近・近藤武助。家康の命を奪うべく、武助は万千代が家康に提供している薬湯に毒を混ぜていた。万千代は自身がいつも使用している薬箱の紐の結び目が変わっていることから、犯人の存在に気付き、寝たふりをして、薬箱を開ける犯人をおびき出したのだった。嫌々ながら引き受けた夜番だったが、結果として家康の命を狙う間者を捉える大手柄を立てる。

 小姓に取り立てられた際もそうだったが、与えられた仕事を全力でやり通す律義さ、物事の変化に気づく観察眼、家康を前にしても物怖じしない度胸を持ち合わせている万千代だからこその成果といえるだろう。そして、万千代を冷静にアシストする万福のコンビネーションも実に絶妙だった。再び、家康の寝所で手柄を立てたことで、一部の家臣から「寝所で“大槍”の大手柄」と変わらず馬鹿にされる側面もあったが、榊原康政(尾美としのり)、本多忠勝(高嶋政伸)、酒井忠次(みのすけ)ら徳川の重臣たちが、万千代の能力を高く評価している様子が垣間見えるさまは痛快だった。

 万千代の溢れんばかりの“生”が描かれた前半に代わり、後半では直虎が過ごす井伊谷での“死”が描かれた。直虎の母・祐椿尼(財前直見)が、胸の痛みを訴え、床に伏せってしまう。死が間近に迫った祐椿尼は「私は役立たずですから」と直虎に言う。

 確かに、戦国の世の正室として、子が姫一人(直虎)のみでは、厳しい言葉を受けてきたことは間違いない。しかし、直虎は「私を一人娘に生んで下さってありがとうございます」と答える。そのおかげで、周囲がどう変わろうと自分の意志を貫き、気付くこともなかった民衆の気持ちも知ることができたと。娘のありえたかもしれない人生を奪ってしまった後悔の念に対して、これほどまでに母の存在を肯定できる娘の言葉があるだろうか。『ベルサイユのばら』の主人公・オスカルも、女でありながら男として生きることを強いられたが、自身で選択した人生を“幸福”に生き抜いた。オスカルと直虎、第1回からその共通性を指摘する声は多々あったが、祐椿尼の死とあわせて、このタイミングでタイトルを重ねてきた森下脚本には思わず唸ってしまった。

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