『ひるね姫』は“設定資料”にも価値あり 小野寺系がBlu-rayスペシャル・エディションを解説

神山健治監督の新境地『ひるね姫』

 神山健治監督の印象を刷新するような、新しい試みが多く見られる意欲的な劇場アニメーション作品『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』のDVD&Blu-rayが発売された。このタイミングで、もう一度この作品を振り返り、その魅力と、描こうとしたものについて、再び考えていきたい。

 神山監督といえば、「自分は押井守監督の影武者」だと自身が述べていたように、アニメーション界の巨匠、押井守監督の難解な作風を受け継いだ作品を手掛けてきたことで知られる。押井守監督の代表作を新たに作り直した、テクノロジーと自意識の境界線に迫る哲学性を持つシリーズ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』、漫画家・羽海野チカ原案による愛らしいキャラクターが登場しながらも、ミサイルによるテロの脅威というシリアスなテーマを扱ったオリジナルTV作品『東のエデン』、石ノ森章太郎原作漫画を現代的に翻案し、暗いテーマを引き継いだ3DCG作品『009 RE:CYBORG』など、いままでの神山作品を観ると、やはり硬質で重厚なイメージがつきまとう。

 そのなかで本作『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』は、東京オリンピックが迫る2020年、近未来の日本を舞台にして、やはり「AI」や「ネットワーク」というテクノロジーの要素を背景にしつつも、夢の中の軽やかなファンタジーを組み込んだ、表面的には新海誠監督の『君の名は。』すら想起させる、田舎の元気な女学生の青春映画として、キャリアのなかで異彩を放っている。高畑充希が主人公・森川ココネとして歌う、名曲『デイ・ドリーム・ビリーバー』の歌詞が反映された、監督作としてかつてないくらいエモーショナルな方向に振り切った脚本も、監督自身の手によるオリジナル・ストーリーだ。

 それだけを聞くと、今までの作風を殺してメジャー路線に走ったのかとも思えてしまうが、実際に本作を鑑賞してみると、新しくここに加えられた明快さや明るい雰囲気は、むしろ監督がもともと持っていた資質にフィットしているように感じられるところが多い。思えば、いままでのシリアスで重厚な要素を扱った作品も、視聴者・観客に寄り添った親しみや明快さというものが、しっかり監督の作家性として存在していたことが、本作のいきいきとした描写に触れることで再認識させられるのだ。

 今回発売された「Blu-rayスペシャル・エディション」では、映像特典の収録に加えて、「Spec Book(スペック・ブック)」、「Story Book(ストーリー・ブック)」という2冊の特製ブックレットが封入される。これを読むことで、作品の理解をさらに深められることができる。その内容と見どころを詳しく紹介したい。

「Spec Book(スペック・ブック)」

 作品の製作過程が、豊富なヴィジュアルとテキストで紹介されるブックレット。

 ここに収録された神山健治監督のインタビューでは、新しい体制による作品づくりへの製作上の戸惑いや苦悩が明かされる。また、作品を支えたスタッフたちによる対談では、作品製作の裏側がどうなっていたのかということを、より具体的で詳細に理解することができる。今回のほぼ全編におけるデジタル機器を利用しての作画には、百戦錬磨のアニメーターたちもなかなか慣れず苦労をしたようだ。日本でもトップレベルのアニメーターたちが参加している本作。「プロダクションI.G」の“作画三大神”と称される黄瀬和哉、西尾鉄也二人の原画やレイアウトが、対談とともに紹介され、クライマックスで主人公の周囲をカメラが周回する見事なカットは、井上俊之の手によることも分かる。

 楽しいのはキャラクターデザインについてのパートだ。『七つの海のティコ』や『アリーテ姫』でキャラクターをデザインした森川聡子による、本編とは異なる原案のヴィジュアルが紹介されているのが嬉しい。本作の作画監督の佐々木敦子によって、さらにデザインが直されキャラクターの設定が最終決定したが、もともとの原案では、主人公ココネを始め、各キャラクターが全体的に幼くてかわいい印象だが、決定版と比べても甲乙つけ難く感じる。このままで製作されたら、一体どういう結果になったのか。そういう可能性を想像しながら読めるのが、設定資料の楽しさである。

 ディズニー作品『ベイマックス』でもコンセプトデザインを担当したコヤマシゲトによる、変形メカ“ハーツ”、“エンジンヘッド”の、有機的な設定画も採録されている。巨大モンスター「鬼」から街を守るエンジンヘッドのつま先は、バレリーナのように細いのが特徴だが、「街を壊さないためには、ピンみたいな足じゃなきゃ歩けないよねって、話した記憶があります」と、監督のコメントも添えられていて参考になる。

 またフランス出身のアニメーター、クリストフ・フェレラの創造による「鬼」が完成するまでの創作過程が紹介。意外にも当初のデザインはものすごくファンシーだったということに驚かされる。またクリストフ・フェレイラは、本作の世界観にも貢献しており、日本の文化や町並みと、ファンタジックな世界が融合されたイメージを作り上げている。

 力の入ったアニメーション作品の設定資料を眺めていると、部分的にはむしろ本編よりも圧倒されてしまうことがある。それは、大勢のスタッフによって作られるアニメ制作において仕方のない部分ではあるが、だからこそ、優れたイメージの結晶となる原画や設定画には、本編を味わった後でも眺める価値があるのだ。

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