筒香嘉智、青木宣親、知られざる選手たちのリアル 『あの日、侍がいたグラウンド』レビュー

 2010年10月7日横浜スタジアム、公式戦最終戦のこの日に筒香嘉智のプロ初ホームランを目の当たりにした。2010年の横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)は、48勝95敗、3年連続で90敗以上を記録する大低迷期。何を楽しみに球場に足を運んでいたのかわからない状況の中で、阪神タイガース久保田智之から放ったライトスタンドへの高い放物線の美しさが今でも目に焼き付いている。それは、最悪のシーズンの最後に未来への希望を灯してくれたまばゆい光だった。

 あれから7年。横浜ベイスターズの親会社はTBSからDeNAに代わり、ガラガラだったスタンドも連日超満員、2016年には初のCS(3位)出場を果たし、今シーズンも3位(7月5日時点)の好位置につけている。そんなチーム上昇の原動力となったのは、あの日プロ初ホームランを放った筒香だ。

 決して順調な歩みだったわけではない。2011、12年と出場試合数こそ増やすものの、ファンや首脳陣の期待を上回るような結果は出ず(期待値が高すぎるせいもあったが)、2013年にはわずか23試合の出場に留まった。プロ野球の世界では、一度の怪我やスランプによって、選手生命を終えてしまう選手も少なくない。このまま筒香も終わってしまうのかと、ネガティブな考えがよぎったのは筆者だけではなかっただろう。

 しかし、筒香の覚醒はこの挫折から始まった。2014年シーズン途中から4番を務めると、自身初の3割を達成、翌年にはチームキャプテンに就任、そして昨年は本塁打王と打点王の二冠に輝いた。当然のことながら、日本代表・侍ジャパンにも選出。そして、今年の3月に開催されたWBCでは全試合で4番を務めた。

 前置きが非常に長くなってしまったが、筒香をはじめ、侍ジャパンの知られざる素顔、チームの裏側を観ることができるのが、ドキュメンタリー映画『あの日、侍がいたグラウンド』だ。横浜DeNAベイスターズの球団ドキュメンタリー『ダグアウトの向こう』を手掛けた三木慎太郎が監督を務めていることもあり、選手・コーチ陣との距離感の測り方、ベンチ裏の緊張感の伝え方など、“演出”にはならないフラットな視線がそこにはある。最初こそカメラを意識している選手も見受けられるが、次第にカメラへの他人行儀さはなくなり、選手・コーチたちのリアルな表情が捉えられている。

 異なるチームに所属する選手たちが集い、結束していく約1カ月間の時間。プロ野球ファンにとっては、あの選手とこの選手が会話をしている、アドバイスをもらっている、練習を参考にしている……試合では知ることのない関係性が垣間見えるだけでも垂涎モノだが、一番の見どころは“チーム”が作られていく瞬間を目の当たりにできる点だ。

 1次ラウンドのキューバ戦から、死闘となった2次ラウンドのオランダ戦、そしてアメリカラウンド準決勝のアメリカ戦まで、試合を重ねるごとにチームの中での“決まりごと”(松田宣浩選手がホームランを打った選手とやり取りするくだりや円陣の掛け声など)が増え、ヨソモノ同士だった選手たちの間に和ができていく。

 特に唯一のメジャーリーガーである青木宣親の頼れるベテランっぷりは試合映像だけでは知ることがなかった事実だった。ほとんど初対面となる選手たちに溶け込むために、自ら会話をもちかけ、ときに冗談をいい、試合中は選手を引き締める言葉をかける。WBCでは決して良好な成績ではなかったが、彼がいかにチームに必要な存在だったか、若手選手たちが頼りにしていたかが、本作では映し出されていた。

 チームの立ち上げから団結まで、観客も一体となって観ることができるからこそ、その事実を知っていても、最終戦となるアメリカ戦の敗退が重く苦しい。筆者をはじめ、鑑賞した場内からはすすり泣く声も聞こえたほどだ。致命的な守備ミスをしてしまった松田宣浩の表情を延々と捉えるカメラ。その編集に残酷さを感じると同時に、ただ裏側だけを捉えたニュース映像ではない、現実を突きつけるドキュメンタリー映画としての強さを感じた。

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