『3月のライオン』は漫画実写化の成功例だーー大友啓史監督が駆使した映像ならではの表現

原作が描いていない重要なif

 

 「桐山の成長」という軸を描く上で避けて通れないのが、義理の家族である幸田、香子、歩との関係の進展だ。主人公の桐山零という少年が形成される上で大きな影響を与えているはずの3人は、川本家などとと比較すると、実はそれほど克明に描写されていない。(原作の連載は続いているのでこれから出てくるかもしれないが)

 だが映画では彼らのエピソードを大幅に追加している。原作とは異なる展開だが、『3月のライオン』という作品が桐山零の成長物語だと解釈するのなら、たしかに彼らのエピソードは必須だ。筆者は個人的にも漫画作品のファンだが、幸田家と桐山の関係の進展はとても気になっていた。映画版は原作が今のところ描いていない重要な「if」を非常に説得力を持って描いていた。

 そして、ラストシーンでの桐山の(あの衣装を着た)姿はこの作品のファンならいつか見たいと思っていた姿ではなかったか。あの姿をこの上なく格好良く、美しい景色の中で見せてくれたことに、いち原作ファンとして感無量だ。

映画とは省略と時間の表現である

 

 原作のある作品やリメイクものを観る時に、筆者が個人的に気をつけているのは、「減点方式」で作品を鑑賞しないようにすることだ。オリジナルが100点満点の回答で、答え合わせをするかのように観てしまえば、どれだけ優れた映像化であっても、100点がありえず不満が残る。

 漫画と実写映像はそもそも手段の異なる表現だ。同じになるはずがない。むしろ原作が持っているエッセンスをどのように作り手が解釈し、どう再現しようとしているかの違いを積極的に楽しむようにしている。

 今回、その点では大友監督は映像ならではの表現をいくつも駆使していて心を奪われた。映像ならではの演出として2つ例を上げておく。

 

 ひとつはロケーションの魅力を存分に活かしたこと。後編のラストシーンはその最たるものだが、対局シーンに印象的なロケーションを積極的に活用して画面に華を作り出すことに成功している。

 そしてもうひとつは、間だ。セリフの多い作品だと思うが、観客に最も印象に残るのはむしろセリフも動きも一切ない「間」ではなかったか。主には対局シーンの熟考の場面で見事な「タメ」によって、緊迫感を作り上げている。

 映画は時間を用いた芸術だ。読む速度を読者に委ねる漫画や小説には、こうした時間による演出は不可能だ。時間というのは言い換えるとタイミングだが、例えばセリフをかぶせ気味に言わせるのか、続くセリフに少し間を開けるのか、それだけでも人物の感情には大きな違いが出る。実際の経過時間では数秒、あるいはコンマ秒以下の違いだが、そこに豊かな感情の動きがある。そうした映像ならではの演出を、大友監督は『3月のライオン』という作品でたっぷりと使ってみせてくれる。

 

 違う手段による表現だからこそ、原作の届いていない部分にも手を伸ばすこともできる。そのように観ることができれば、オリジナルにはないエピソードがなぜ必要なのかも理解できるし、細かい違いも減点対象ではなくなるし、今までにない視点で作品世界をより広げてくれるだろう。

 優れた作品が描き出す世界にはいくつもの入り口があるものだと筆者は思う。漫画という入り口、アニメという入り口、実写映像という入り口、舞台という入り口だってあるだろう。どの入り口から観ても『3月のライオン』はひとつの世界を共有しているし、入り口ごとに新鮮な視点を提供してくれる。本作で筆者はますます『3月のライオン』を好きになった。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『3月のライオン』
【前編】【後編】公開中
監督:大友啓史
原作:羽海野チカ『3月のライオン』(白泉社刊・ヤングアニマル連載)
脚本:岩下悠子、渡部亮平、大友啓史
音楽:菅野祐悟
出演:神木隆之介、有村架純、倉科カナ、染谷将太、清原果耶、佐々木蔵之介、加瀬亮、伊勢谷友介、前田吟、高橋一生、岩松了、斉木しげる、中村倫也、尾上寛之、奥野瑛太、甲本雅裕、新津ちせ、板谷由夏、伊藤英明、豊川悦司
製作:『3月のライオン』製作委員会
制作プロダクション:アスミック・エース、ROBOT
配給:東宝=アスミック・エース
(c)2017 映画「3月のライオン」製作委員会
公式サイト:3lion-movie.com

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